芸術判例集 美術表現に関わる国内裁判例25選
Art Precedents

H その他公序良俗・刑法に関する事件

【事例20】 SM写真集事件

(東京地裁昭和61年6月20日)

【原告】カメラマン

【被告】出版社

【事案概要】
あるカメラマンが撮影し、写真集に掲載した作品を、その写真集の製作に関与した出版社(編集者)が写真集に掲載された写真を無断複製してSM雑誌に掲載したため、カメラマンが出版社を訴えた事件。主な争点として、出版社が写真集を製作するに当たり、出版社(編集者)が関与していることから、出版社は自らが著作者であることを主張。また、SM写真は公序良俗に反するため著作権法の保護対象でないとも主張しました。

【結論】
裁判所は、著作物を創作したのは出版社(編集者)ではなくカメラマンであると判示しました。具体的には、構図、カメラアングル、光量、シャッターチャンスをカメラマン自らの判断で選択・調整していた事実に鑑みると、本件写真の製作に必要な精神的創作活動はカメラマンが行ったものであり、写真の著作者はカメラマンであり、その著作権はカメラマンに帰属するからという理由です。また、本件については著作権を否定するほどの公序良俗違反はなかったとしました。

【意義】
出版社や編集者が単に関与しているだけでは著作者にならないということ、また内容がわいせつ等の公序良俗に反する情報は、その著作権自体が否定される可能性を示唆したと指摘されています。

 

【事例21】 赤瀬川原平千円札裁判

(第一審:東京地裁昭和42年6月24日 上告審:最高裁昭和45年4月24日)

【被告人】赤瀬川原平(刑事裁判)

【事案概要】
赤瀬川原平が千円札と紛らわしい外観のものを作成したとして、通貨及証券模造取締法違反で昭和40年11月に東京地検に起訴され刑事裁判となった事件です。起訴対象となった事案は複数あり、昭和38年2月、個展の開催案内状として、片面に千円札を、その裏面に個展の案内等を記載した印刷物を現金書留封筒に入れて郵送し、また同年3月、読売アンデパンダン展で片面を一色刷りした千円札の「原寸大の模型」を出品し、さらに同年5月、新宿で行われたハイ・レッドセンター名義によるミキサー計画の展示にも千円札の図像を使った作品を出品したこと等がそれぞれ起訴対象となりました。

【結論】
第一審の東京地裁では、実物大に裁断されていないものは通貨及証券模造取締法違反にならないが、それ以外は違反となると判示し、懲役3カ月、執行猶予1年の有罪判決が下されました。赤瀬川は東京高裁に控訴し、さらに最高裁判所に上告しましたが、昭和45年4月24日に棄却され、有罪が確定されました。

【意義】
美術家や評論家が多数裁判に参加したことで、法廷を通じて言語的に前衛芸術の意義が明らかにされていった一方で、わいせつ罪や民事裁判とは別の形で芸術活動と表現の自由の限界が問われたという意味で非常に珍しい裁判であったといえます。

【事例22】 阿佐ヶ谷ロフトA男性器試食事件

【被疑者】男性器提供者ら4名(刑事事件)

【事案概要】
イラストレーターの被疑者が、正式な手術により切除した自身の男性器を提供し、2012年5月、阿佐ヶ谷ロフトAにて、これを調理した上でイベント参加者に試食させるイベントを開催しました。イベント参加者は4000円を支払ってイベントを鑑賞した又は20000円を支払って調理された男性器を試食したとのことです。同月、杉並区が刑事告発し、同年9月、わいせつ物陳列容疑で書類送検されましたが、2013年2月、嫌疑不十分のため不起訴処分となった旨の報道がされました。
※裁判事件になっておらず正式な公開資料がないため、上記記載は報道等の資料に基づいています。

【意義】
本イベントは、開催の前後にインターネット上で話題になり、杉並区が男性器提供者らを刑事告発するに至りました。しかし、正当に切除された自身の肉体の一部を調理して試食させるという行為の核心部分、つまり自身の肉体に対するカニバリズム的行為を直接処罰する法令が存在しないために、切除された男性器をイベント会場で聴衆に見せた点がわいせつ物陳列罪に当たるとして書類送検されたものと推測されます。社会的には、違法性の問題と倫理の問題の境界について問題提起したイベントとして注目を集めました。

【事例23】 Chim↑Pom絵画追加事件

【被疑者】アーティスト集団「Chim↑Pom」(刑事事件)

【事案概要】
2011年5月、Chim↑Pomは、渋谷駅構内に設置されている岡本太郎作「明日の神話」の右端に、同作品と一体化するようなかたちで「Level 7 feat. 明日の神話」と題する同じタッチの作品を無断で設置しました。「明日の神話」は、第五福竜丸が被曝した際の水爆の炸裂の瞬間を題材にした作品であり、「Level 7 feat. 明日の神話」は、福島第一原発事故を題材にした作品です。同年7月、軽犯罪法違反(はり札)容疑で書類送検された旨の報道がありましたが、Chim↑Pom公式サイトによれば、同年11月に不起訴処分になりました。
※裁判事件になっておらず正式な公開資料がないため、上記記載は報道等の資料に基づいています。

【意義】
他人の著作物に手を加えて改変した場合、著作権だけでなく、著作者人格権の一つである同一性保持権を侵害する可能性があり、著作者(著作者の死後は一定の範囲の遺族)による告訴がある場合は、著作権法違反として刑事罰が課される可能性があります。しかし、Chim↑Pomの本作品が2011年10月に岡本太郎記念現代芸術振興財団主催のイベントに出品された経緯から推察すると、本件については岡本太郎氏の遺族による告訴がされておらず、著作権法違反容疑での起訴が不可能だったのではないかと思われます。
既存の作品に着想を得て無断でオマージュする行為は、悪意の有無にかかわらず権利侵害として民事/刑事上の責任を追及されるリスクがあるため、事前に権利者の同意を得るか又は行為の内容、権利者の過去の権利行使の状況等に照らして十分にリスクを検討認識した上で行う必要があります。

【事例24】 「まことちゃんハウス」事件

(東京地裁平成21年1月28日判決・確定)

【原告】「まことちゃんハウス」の北側隣人・向かい側隣人

【被告】楳図かずお

【事案概要】
通称「まことちゃんハウス」と呼ばれる特徴的な色彩の個人用住宅の北側隣人及び向かい側隣人が、所有者の著名漫画家に対して、問題の外壁部分の撤去、完成から撤去完了まで原告それぞれに対して毎月5万円ずつの慰謝料の支払い等を求めた事件です。

【結論】
東京地裁は、一般論として建築物の外壁の色彩も景観利益に含まれ得ることを認めましたが、本件住宅地域に建築物の外壁色彩に関する法的規制や民間の協定がないことや、同じ地域にある他の住宅も様々な色彩をしていること等の事情から、本件住宅地域では外壁色彩が景観利益に含まれないと判断しました。また、仮に景観利益に含まれるとしても、まことちゃんハウスの色彩が原告らの景観利益を侵害しないとの判断も示し、結果、原告らの請求を全て棄却しました。
その他、原告は、私生活上の平穏やプライバシー権等の人格的利益の主張もしましたが、裁判所は、これらの主張を併せて否定しました。

【意義】
「良好な景観に近接する地域内に居住する者が有するその景観の恵沢を享受する利益」が法律上保護されることは、国立マンション訴訟最高裁判決(最高裁平成18年3月30日判決)で確認されましたが、その景観利益に建築物の外壁の色彩も含まれ得ることを明示した点に本判決の意義があります。また、問題の地域内で外壁色彩が景観利益に含まれるか否かの考慮要素を挙げた点で先例的価値があります。
建築物の外壁を用いた表現については、地域毎の歴史的/地理的背景に基づく独自の規制が設けられている場合があるため、一概に何が違法かの判断が困難ですが、今後はまず本判決に挙げられた考慮要素を検討することになります。なお、当該表現が屋外広告物に当たる場合は別の規制が設けられている場合があります。
なお、判決にある通り、まことちゃんハウスは東京都内の井の頭公園に近い住宅街の中にあり、度々「住んでみたい街」全国一位を取っている吉祥寺駅からほど近いエリアです。問題の外壁部分は赤白のストライプになっており、その他にも緑色の外壁部分や円塔といった特徴があることから、周辺の住宅からは際立ったデザインであることは否めないでしょう。

【事例25】 海洋堂フィギュア事件

(大阪高裁平成17年7月28日判決)

【原告】海洋堂

【被告】フルタ製菓

【事案概要】
チョコエッグという食玩フィギュアのロイヤルティ(デザインの報酬)を巡る裁判です。造形原型が著作物に当たるか否かが争われました。

【結論】
原告一部勝訴。結審となった大阪高裁が下した判決は、まず、食玩として販売される時点で、もっぱら鑑賞を目的とした「純粋美術」と判断すべきではないとしました。次に、日本のこれまでの裁判例から「純粋美術」でない作品が著作物に当たるためには「一定の美的感覚を備えた一般人を基準に、純粋美術と同視できる程度の美的創作性」を備えることが必要、としました。そのうえで、対象となった食玩フィギュアの中で「妖怪シリーズ」は美術の著作物として認めたものの、「動物シリーズ」「アリス・コレクション」については認めませんでした。動物のような実在する生き物の忠実な再現や、カラーの原作キャラクター絵の忠実な立体化などは、純粋美術と同視できる程度の美的創作性がなく、一方で江戸時代に鳥山石燕が墨で描いた日本画の妖怪を参考に着彩して立体化したことは純粋美術と同視できる程度の美的創作性がある、としたのです。

【意義】
食玩はただちに著作物となる「純粋美術」に当たらないとされたこと、そして「純粋美術」でないフィギュアについても「一定の美的感覚を備えた一般人」を基準に、「純粋美術」同様の美的創作性を備えれば著作権が発生すると判示しました。
ちなみに、各国の著作権制度を見ると、純粋美術と言えるかどうかを分ける美術創作性の判断基準は国によって異なっています。ドイツでは「教養を備え、かつ美術鑑賞にある程度習熟した、美術的事柄に敏感な階層」が基準とされます。フランスでは「著作権の保護において、著作物の価値や目的は問わない」という規定が存在しており、芸術的価値の高低と法律上の保護は無関係となっています。またアメリカではフィギュアでも一定の要件を満たせば、彫刻の著作物として著作権局への登録ができます。

 

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