芸術判例集 美術表現に関わる国内裁判例25選
Art Precedents

C 引用の成否

【事例3】 パロディ・モンタージュ事件

(第一次一審:東京地裁昭和47年11月20日判決 控訴審:東京高裁昭和51年5月19日判決 上告審:最高裁判所昭和55年3月29日判決 /第二次控訴審:東京高裁昭和58年2月23日判決 上告審:最高裁判所昭和61年5月30日判決)

【原告】白川義員(写真家)

【被告】マッド・アマノ

【事案概要】
マッド・アマノは、白川の写真作品を利用して合成写真を制作し、発行したフォトモンタージュの作品集「SOS」の中に収録。さらに講談社の「週刊現代」の中でも公表しました。白川は講談社に抗議し、講談社は写真使用料を支払いましたが、その後白川はマッド・アマノを訴えました。

【結論】
最終結果としては、第二次上告審で差し戻された後の昭和62年、第三次控訴中に和解で決着しています。争点は多岐に渡りますが、二度の最高裁判決の中で、とりわけ次の引用の要件が示された点が重要です。

【意義】
著作権法(旧法)上、許諾が不要となる「引用」の要件を満たすか否かの判定について、①引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用する側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、②かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係(主従関係)があると認められる場合でなければならない、という二つの要件を示しました。
この裁判の後、上記の二要件が「引用」の条件と解釈する説(二要件説)も有力でしたが、これは現行法と異なる旧法の規定の下での裁判であり、現行著作権法下での裁判では、この最高裁判所判例の二要件説に縛られていないと解釈できる裁判例もでています。

【関連裁判例】事例3〜6

 

【事例4】 「藤田嗣治」引用事件

(第一審:東京地裁昭和59年8月31日判決 控訴審:東京高裁昭和60年10月17日判決)

【原告】藤田君代(藤田嗣治の遺族)

【被告】小学館

【事案概要】
美術全集・論集「原色現代日本の美術第7巻・近代洋画の展開」の中に、藤田嗣治の絵画の複製物12点を著作権者の許諾無く掲載した出版社を、著作権者が訴えた事件です。著作権法上の「引用」の要件を満たしたか否かが争点となりました。

【結論】
東京高裁は、パロディ・モンタージュ事件第一次上告審で最高裁判所が示した二要件説を現行著作権法の下でも採用した上で、本件の図版掲載は②の主従関係の要件を満たさないとして、「引用」として認められないとしました。
主従関係を満たさなかった理由として、いずれの複製物も美術性に優れ、読者の鑑賞の対象となり得ること、また論文の記述とは関係なく鑑賞することができる(絵画の専門家等を基準にせず一般読者を基準にして、独立して鑑賞の対象になるか否かを検討しました)ため、論文を理解するためだけのものとはいえないことを挙げています。

【意義】
昭和45年に全部改正された現行著作権法のもとでも、旧法の規定をベースにしたパロディ・モンタージュ事件第一次上告審で最高裁が示した①明瞭区別性②主従関係を含む二要件説が適用されること、また特に②の主従関係について具体的な判断基準を示しました。これにより、実務では「裁判所は二要件説をとる」という認識が広がりました。ただし、この二要件説を前提として主従関係の判定で引用の成否を決めてしまうのは、現行著作権法上の「引用」の文言とあまりに乖離しているという問題が残りました。

 

【事例5】 オークションカタログ事件

(東京地裁平成21年11月26日判決)

【原告】現代美術の芸術家4名

【被告】エスト・ウエストオークションズ株式会社

【事案概要】
エスト・ウエストオークションズが、出品カタログ等に原告らの美術品の画像を掲載し、また、その一部をインターネット等で公開したことにより、絵画等の美術品の著作権者である原告らの複製権及び公衆送信権を侵害したとして訴えられた事案です。
オークションカタログへの掲載が「引用」として認められるかが争点となりました。

【結論】
東京地裁は、事件3同様に、二要件説を採用し、主従関係を判定した結果、引用として認められないという結論を示しました。

【意義】
この裁判の前後、ネットオークションや自治体の公売における美術品を含む著作物画像の取扱が問題となり、その後、売買のための画像使用について細かく規定して合法・違法を明確にする、著作権法47条の2が新設されました。なお47条の2については、ヨーロッパでは同様の規定の立法に際して美術家側の権利が制限されることへの代償として「追及権」の導入に結びつけたのに比べて、日本では立法時に権利制限への補償が十分に尊重されず、追及権導入の機会を逸してしまった、という指摘もあります。

 

【事例6】 美術品鑑定書事件

(第一審:東京地裁平成22年5月19日判決 控訴審:知財高裁平成22年10月13日判決)

【原告】著作権者(画家の遺族であり、鑑定業務を行なっている)

【被告】東京美術倶楽部(鑑定証書の発行業務を行なっている)

【事案概要】
東京美術倶楽部は、絵画の縮小カラーコピーを貼付し、パウチラミネート加工を施した鑑定証書を発行していました。原告は、被告による縮小コピーの作成が著作権法上の複製権の侵害に当たるとして、損害賠償を求めました。

【結論】
第一審では被告は米国のフェアユースの法理を主張したものの、認められませんでした。第二審の知財高裁で引用について争点となりました。結論として、知財高裁は本件の判断に二要件説を採用せず、従って主従関係を基準とせずに、本件鑑定証書での図版の複製貼付を「引用」として認めました。
この判決では、「引用としての利用に当たるか否かの判断においては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。」という見解を示した上で、本件については、

(1)鑑定対象である絵画を特定し、鑑定証書の偽造を防ぐために、絵画のカラーコピーを添付することは、必要性、有用性が認められるし、贋作を排除することは著作権者の権利保護にもつながるので、著作権法の規定する引用の目的に含まれる。

(2)鑑定証書という形態上、コピー部分だけが流通したり、絵画を離れて鑑定証書だけが流通することは考えにくく、方法・態様において社会通念上引用として許される合理的な範囲内の複製であるといいうる。

(3)本件では、カラーコピーが美術書等に添付されて頒布されるような場合(事件3などを念頭に置くとわかりやすいでしょう)等とは異なり、原告が経済的利益の機会を失う可能性は低い。
といった事情を総合考慮して、現行著作権法32条1項の「引用」に該当し許される複製であるとしました。

【意義】
実務ではこの判決まで、現行法のもとでも旧法下の最高裁判所判例が採用した二要件説(≒主従関係判定)が重視されていましたが、知的財産法を専門とする知財高裁が二要件説にとらわれない判断を示したことで、今後はこのような方法や態様、種類や性質、影響等を総合考慮することが主流になると思われます。

 

【事例7】 「バーンズ・コレクション」引用事件

(東京地裁平成9年9月5日判決)

【原告】ピカソの相続人(代表)

【被告】読売新聞社

【事案概要】
ピカソの7点の絵画(著作権の保護期間内)が、新聞掲載(開催決定報道、社告、談話記事、元旦特集、連載記事)、入場チケット・割引引換券、観覧者向け解説書、額入り複製絵画といった複数の態様で著作権者の許諾無く複製され、著作権者が訴えた事案です。

【結論】
新聞掲載されたうちの開催決定報道記事については、新聞報道としての正当な範囲内の引用として認められました。しかし、残る複製は 全て、著作権法32条1項(引用)、41条(事件報道のための引用)、47条(小冊子の頒布)とはならない、と判示しました。また、この裁判で東京地裁は「引用」につき、引用利用する側に著作物性、創作性を要求し、入場券はこれらの要件を満たさないので32条1項の保護を受けられない、としました。

【意義】
新聞社の紙面掲載においても報道の性格が極めて強いもの以外は引用として認められない可能性を示し、また複製絵画は当然のこととしても、実務上、チケットにおいても複製の許諾が必要であるということを示しました。ただし、後者については、結論はともかく、その理由付けとして引用者側に著作物性、創作性まで要求した点については、やや条文から離れて権利者に有利すぎるきらいがあります。当判決の後で、知財高裁が下した事件5判決を踏まえると、今後の実務においてそこは割り引いて考える必要があるでしょう。

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