芸術判例集 美術表現に関わる国内裁判例25選
Art Precedents

A 表現の自由と美術館の展示・収蔵にかかる裁量権

【事例1】 富山県立近代美術館天皇コラージュ事件

(第一審:富山地裁平成10年12月16日判決、控訴審:名古屋高裁金沢支部平成12年2月16日判決、上告審:最高裁判所平成12年10月27日決定)

【原告】大浦信行(美術家)、県内外34名

【被告】富山県・富山県教育委員会

【事案概要】
昭和61年3月から約1ヶ月、富山県立近代美術館で、選考委員会によって選抜された30人の作家による企画展「’86 富山の美術」が開催され、その中で、富山県出身の大浦氏の連作版画「遠近を抱えて」14点のうち10点が出品されました。この作品は、既成の写真素材(昭和天皇、古今東西の名画の一部、頭蓋骨、人体及びイカの解剖図、裸婦、入れ墨の後ろ姿、木の幹、家具など)によるコラージュの連作で、一部は同館の収蔵品でした。しかしこの展覧会の終了後、県議会でこの作品について議員から「不敬だ」「不愉快だ」といった発言がなされ、週刊誌に取り上げられた結果、この作品を不快とする団体から抗議と作品の廃棄要求が行われました。抗議を受けた美術館は作品を非公開としたうえで、平成5年には作品を匿名の個人に売却し、また図録の在庫を焼却しました。これに対して作家が作品及び図録を鑑賞してもらう権利の侵害を理由に、他の34人は作品の特別観覧請求権と図録閲覧権侵害を理由に、国家賠償や作品の買い戻し・図録の再発行等を求めて訴えました。

【結論】
原告敗訴。第一審では、抗議団体の「常軌を逸した不当な活動」を理由として特別観覧許可の不許可および図録の閲覧を拒否することは、不許可・閲覧拒否の正当な理由とならないとして、原告への損害賠償が認められましたが、控訴審では、外部団体による執拗な抗議などから、美術館の管理運営上の支障を生じる高い可能性があることが客観的に認められる場合には不許可や拒否を行う正当な理由となるとされ、上告も棄却され、原告の全面敗訴となりました。

【意義】
展示そのものが撤去されたわけではなく収蔵品・図録の閲覧禁止をめぐる裁判ですが、社会的には、昭和61年のこの事件は昭和天皇の健康不安を背景にいわゆる「自粛」という形でのタブー化が進むきっかけとなった事件です。その後「遠近を抱えて」のシリーズは日本の公立美術館で展示されることはなく、2009年、沖縄県立美術館・博物館における巡回展「アトミックサンシャインの中へ in 沖縄 ─ 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」においても展示されず、作家らが抗議する事件が起きました。

【関連裁判例】
図書館も美術館も、他社の精神的作用から生まれた情報に触れる場であると同時に、所蔵品を持ちます。愛知県立美術館の展示室を借りてゴミを展示して撤去された若手芸術家グループが、利用許可取消処分等の違法を訴えた、いわゆるゴミ裁判(名古屋地裁昭和50年2月24日判決)では、夏期に腐敗性のある悪臭を放つゴミを展示室に持ち込んだのに対して、美術館長がこれを撤去したことが、県文化会館条例、同規則等により適法に行われたものとされました。一方で、船橋西図書館事件(最高裁判所平成17年7月14日判決)では、船橋市西図書館の司書が、蔵書の一部を、廃棄基準に該当しないにもかかわらず除籍・廃棄し、著者らが船橋市を被告として訴訟を提起した事件です。一審・控訴審では、蔵書破棄行為に違法性を認めたものの、蔵書管理についての市の裁量を認め、著者の権利を侵害したとは言えないとして、請求を棄却しました。しかし、最高裁では、廃棄は著者の人格的利益を侵害する違法行為と認定し、損害賠償を認めました。

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