芸術判例集 美術表現に関わる国内裁判例25選
Art Precedents

G 美術品の輸入に関する事件

【事例18】 贋作絵画輸入事件

(第一審:大阪地裁平成8年1月31日判決、控訴審:大阪高判平成9年5月28日)

【原告】絵画輸入・販売業者

【被告】大阪税関伊丹空港税関支所長

【事案概要】
著名画家の絵画を模倣し、本物として売却していたとされるハンガリー生まれのエルミア・ド・ホーリィという贋作画家が制作したと思われる絵画13点が日本国内で展示・販売される目的で輸入されようとした際に、大阪税関において関税定率法に違反する著作権侵害物品にあたるとして輸入を拒否され、積戻しを命じられたため、輸入しようとした原告が、著作権侵害物品ではないとして、大阪税関の処分の取消を求めて訴えました。

【結論】
第一審大阪地裁では、画中人物の数や描写、首飾りの有無、色調等が異なるが、原画の複製物に該当すると判示されました。控訴審でも、原画の複製物ないし二次的著作物に該当するとして著作権侵害を肯定し、原告の請求を棄却して積戻し命令を維持しました。

【意義】
この裁判によって、たとえ贋作であることを隠蔽せずに明示している場合であっても、またオリジナルとの相違点があったとしても、本件の贋作絵画のように著作権者の許諾がなく著作権侵害をしていることが客観的に明らかな物品については、税関において輸入禁止措置がとられる可能性があることが明確になりました。ただし、例えばパロディ作品や無断引用など、著作権侵害の可能性のある美術作品全てにこのような輸入禁止措置の高いリスクがあるとまではいえません。というのも、本件については輸入申告書においてエルミア・ド・ホーリィが贋作絵画作者であることを明示した英字新聞記事が添付されていたこと等が税関調査の端緒となり、また昭和41年に国立西洋美術館がエルミア・ド・ホーリィの作品を誤ってデュフィ等著名画家の作品として高値で購入した疑いがあることが指摘され、国会で審議されたことがあったといった「実績」があったため、特にこうした措置の対象になった事例であると考えられるからです。

 

【事例19】 メイプルソープ写真集輸入没収事件

(上告審:最高裁平成20年2月19日)

【原告】浅井隆(有限会社アップリンク取締役)

【被告】東京税関成田税関支所長および国

【事案概要】
米国で出版された後、日本でアップリンクから翻訳出版されたロバート・メイプルソープの写真集を、原告がその後商用で一度海外に持ちだした後に、帰国した際に成田税関で検査官に写真集を提示したところ、関税定率法に定められた「風俗を害すべき書籍、図画」に該当するとして没収され、また輸入禁止の通知処分を受けました。そこで原告は(1)当該規定自体の違憲無効(2)規定が合憲であるとしても、本件写真集は国内発行済であって風俗を害すべき物品に当たらないため本件処分は違法であるとして訴えました。

【結論】
第一審の東京地裁は、原告の主張を全面的に認め、処分取り消しと70万円の損害賠償を命じましたが、控訴審の東京高裁では一審判決を取り消し、税関の処分を妥当と判示しました。最高裁では、その二審判決が破棄され、税関の処分の取り消しを命じました。ただし、損害賠償は認められませんでした。

【関連裁判例】
先行例として、別の原告が、一部に本写真集と同じ写真が掲載されていたホイットニー美術館のメイプルソープ回顧展のカタログ写真集を輸入しようとしたところ東京税関から輸入差し止め処分を受け、その取消しを求めた裁判(東京地裁平成6年10月27日、東京高裁平成7年10月31日、最高裁判所平成11年2月23日)では、原告が敗訴したものの、最高裁では5名中2名が反対意見を述べた「惜敗」でした。

【意義】
いったん下級審で猥褻書籍として認定された書籍が、上級審でわいせつ性が阻却された事自体が裁判史上始めてと考えられています。また、最高裁判所では、芸術性が高いものについてはわいせつ性が阻却されるという、それまで文芸上のわいせつ文書について採られていた解釈がビジュアル・アートにも適用されることを確認したといえます。ただし、判断の理由の一つに、既に日本で翻訳出版されていたために、改めて輸入によって日本の風俗を害するとは言い難いという点があります。また、この判決に対して最高裁判所の堀籠幸男裁判官は、「性器が露骨に画面中央に大きく配置されている場合は、その写真がわいせつ物に当たることは刑事裁判実務で確立された運用。この写真集の一部写真にわいせつ性があることは否定できない」と反対意見(少数意見)を述べています。その後も、性器が写った写真についての警察の判断として、平成24年11月に警視庁保安部が週刊誌に掲載された女性器を石膏で型取りした英国人の作品の写真に対してわいせつ物陳列罪などに当たる可能性があるとして週刊誌に対して口頭で注意した事案や、平成25年2月4日に写真家のレスリー・キー氏が男性モデルの性器が写った写真集を販売したとして逮捕された事案があります。

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