オープン・ディスカッション「表現と倫理の現在」:記録

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レポート:中村史子

作成日:2016年05月06日

 
この報告は、2016年03月25日Social Kitchen(京都市上京区)にて開催したオープン・ディスカッション「表現と倫理の現在」(主催:HAPS)について、当日の参加者でもある、中村史子(愛知県美術館学芸員、京都市在住)さんに依頼し、執筆していただいたものです。(*)

中村史子プロフィール


 このディスカッションは、近年、頻発している表現と社会の間の矛盾や、それに関わる検閲、自己検閲の問題を受けてHAPSのエグゼクティブ・ディレクター、遠藤水城によって企画された。約1ヶ月前に行われた座談会「表現と倫理の間で(*i)」とも連動しつつ、表現をめぐる問題の在り処をその外部から探るディスカッションであった。実際、本ディスカッションにはアートの専門家だけではなく文化人類学者など複数の分野の専門家が登壇しており、それがこの企画を特徴付けていた。順に内容を記していきたい。

 第1部は遠藤とイギリスのテート・モダンでパブリック・プログラム・ディレクターを務めるサンドラ・シコロヴァによって進行された。パブリック・プログラムは日本では教育普及と呼ばれるジャンルであるが、彼女が勤めてきた9年間で、受身の鑑賞者にアートについて教育的に伝える活動から、鑑賞者の自発性を引き出し議論のプラットフォームを作り出す活動へと変化していったと言う。そして、こうした方向性の転換の背景には、美術館をはじめとするアート・インスティテューションを、一部のアート・ファンのみならずアートにそれほど関心のない人々にも開こうとする世界的潮流がある(*ⅱ)

 さて美術館は、従来は来館者として想定されていなかったような多様な人々を対象に、より横断的で多岐にわたる事業を行うわけであるが、テートはじめ多くのインスティテューションでは自由な活動と施設の規模とのジレンマに悩まされている。大規模な施設のキュレーターはアートに関する専門的見地のみならず、政府やスポンサーのアジェンダ等、複雑な利害関係をも考慮、調整しながら活動を行わなければならないためである。また、表現の限界を拡張しようとするアーティストと、リスクをとることの出来ない施設の間で齟齬が生じることもある。具体例としてあげられたのが、彼女の企画したワークショップ「不服従が歴史を作る(Disobedience Makes History)(*ⅲ) 」である。このプログラムでは、ワークショップ参加者たちが、大手石油会社がテートのスポンサーを務めていることを疑問視しテートに対する抗議活動を企画した。無論、ワークショップの主催者である美術館はスポンサー企業とワークショップ参加者の間で非常に厳しい立場に置かれ、この事業はテートにとって失敗であるかのように思われた。けれども、美術館が自分達への抗議であっても取りやめにしなかったところ、一連の事態に対して多くのテキストが寄せられたうえ、リべレイト・テイト(Liberate Tate)という団体も発足するに至る。こうした展開をサンドラ・シコロヴァは非常に肯定的に捉えており、失敗の大ファンという彼女ならではの意見だと感じさせた。

 続く第2部では、ゴリラの写真や映像を撮っている大塚亮真と、文化人類学者である佐藤知久によるプレゼンテーションが行われた。大塚はゴリラの生態研究をしたいと以前は考えていたが、今後はヒトとゴリラの関係をテーマに人類学をベースとした地域研究を始める予定である。それは大塚が、絶滅の危機に瀕しているゴリラの脅威は主に人間の活動であるからこそ人間についてより考えなくてはいけないと思ったためである。往来の欧米の価値観に基づく欧米流の保全活動はゴリラの暮らす地域の人々のことを軽視してきた部分があり、ゴリラ研究の第一人者であるダイアン・フォッシーも、ゴリラを大切に思うあまり地域住民、密猟者、動物商、政府の役人らと対立し、最終的には何者かの手によって殺害されてしまった。現在では地域住民が積極的に保全活動に参加するあり方が望ましいと考えられるようになってきたものの、各地で地域住民とゴリラの保全活動の間で亀裂が生じうまくいっていないことが多いようだ。また、一般人がゴリラを見るには高額な料金を支払い特別な見学ツアーに参加しないといけない。料金設定やツアーの厳密なルールは、ゴリラを人間から守るための必要措置と考えられるが、これでは経済的に貧しい地元の人々はツアーに参加できず、近くにいながらゴリラを見ることは出来ない。この状況をかんがみた上で、大塚は何か地元の人たちの視線に立った活動をしたいと述べた(*ⅳ)

 一方、佐藤は、せんだいメディアテークで実施されている「3がつ11にちをわすれないためにセンター(通称:わすれン!)」(*ⅴ) の活動を報告した。「わすれン!」は東日本大震災の記録活動を支援するプロジェクトである。国立国会図書館やグーグルが行っている震災アーカイブ活動と大きく異なるのは、写真や映像などの記録自体を収集するのではなく、映像などのその記録者を募集し記録を支援するところから始めている点である。集まった参加者の中には専門的な知識を備えた者ばかりでなく全くのアマチュアもいるが、「わすれン!」スタッフは参加者に撮影技術や法的手続きの援助を行い、個人の記録映像の制作を促す。この活動は人々を記録映像の受け手から作り手へと変えており、私には、参加者の自発性を促すシコロヴァのパブリック・ブログラムと方向性が似ていると感じられた。さらに、見過ごされがちな一般市民の立場からの発信という側面は、大塚がゴリラ生息地域全体に向けるまなざしと相通じるものではないだろうか。その後の質疑応答では「わすれン!」スタッフによる各参加者への介入の是非や、それら映像を表現ではなく記録として位置付けることについて意見交換が行われた。

 第3部では、アーティストである伊藤存ブブ・ド・ラ・マドレーヌが登壇した。伊藤はアーティストとして活動する一方、京都市立芸術大学で教員としても勤務している。そのため、アートと教育という観点から彼自身の経験を語った。具体的には、参加しているライブ・パフォーマンス・ユニット「山/完全版」個展をギャラリー@KCUA(通称:アクア)(*ⅵ) で行った際、彼は社会問題を扱うレクチャーを開いた。そのレクチャーでは、アーティスト竹川宣彰がレイシズムについて、ブブ・ド・ラ・マドレーヌが大橋仁の作品(*ⅶ) について発表し、げいまきまきも司会を務めるセックスワーカーのためのサービス開発準備局「サービスするわよ」のイベント特別版も行われた。その後、しばらくすると大学内でも問題意識を持っていた学生達が、小規模ながらも勉強会を企画する動きも始まった。こうしたエピソードから、伊藤がアーティストとしてだけではなく教育者として芸術大学の内部と社会を繋ごうとしていることが伝わった。また、無知が理由で誰かに怒られた時、自分の無知さや相手の怒りを受け止めてそこから会話を始められるかどうかが重要、という伊藤の言葉も印象に残った。それは、無知かもしれないが、自分の意見を表明したり何か行動しようと考えている者を勇気付ける言葉だと、私は受け止めた。

 最後の登壇者であるブブ・ド・ラ・マドレーヌは、先述した大橋仁の件、鳥肌実のARTZONEでのイベント出演の件(*ⅷ) 、そしてアクアでの丹羽良徳のワークショップの件(*ⅸ)をあげながら、非常な怒りを抱いていると最初に主張した。その怒りについては『私の怒りを盗むな』(http://dontexploitmyanger.tumblr.com/)で多彩な書き手と共にまとめられているが、再度記せば、なぜアートが社会的に弱い立場の人を利用するのか、大学や美術館の職員、キュレーターはどうしてその行為の酷さに気づいて止めないのか、これらの公的な施設が備えているはずの倫理規定はどうなっているのか、という疑問に集約されうるだろう。そして、こうした事態が生じている理由として、キュレーターは作家を守ろうとし、作家は自分の表現を守ろうとした結果、目の前で起こっている事柄に鈍感になっていたのではないか、と彼女は考察した。

 その後の全体ディスカッションでは、登壇者6名および当日の聴講者による意見交換が行われた。話題が多岐にわたるため詳細を記すことはできないが、ARTZONEやアクアで生じた出来事に関する核心的な意見や事実の詳らかな開示を期待していた聴講者には、ややまどろっこしく感じられたのではないか。全体的に一種の逡巡に覆われていたように思う。しかし、遠藤が第2部で文化人類学の視座を挿入したこと、それらの出来事の当事者をわざわざ招待はしなかった点(*ⅹ)を思い起こすと、そのためらいはむしろ意図的であったと考えられる。企画者である遠藤は、このディスカッションを当事者や責任者を裁判の壇上に上げる場ではなく、文化人類学の調査方法に見出せる絶えざる躊躇と検証の場にするのが目的であったようだ。「交渉の過程をシンプルにするのが勝ちといった風潮に否を言いたい」とは遠藤本人の弁であるが、表現と倫理をめぐる本ディスカッションは、思考と感情の複雑に入り組んだ襞の間を戸惑いながら前進する態度をまさに浮かび上がらせていた。

 そしてこの態度は、たびたび話題に出た「キュレーションの技術」とも繋がるものであろう。このキュレーションの技術が未熟だったため、アクアやARTZONEのような事態が生じたというのが遠藤の見立てである(*xi)。キュレーションの技術に関しては座談会「表現と倫理の間で(*xii)」でも話題にあがっているが、その技術について私はキュレーションという言葉が想起させる英断や非凡な発想とはほど遠い地味で泥臭いものだと考えている。そして、そのような技術は、実はアートの領域以外、つまり文化人類学の調査過程や「わすれン!」の活動において既に活用されていることを、本ディスカッションは示そうとしたのではないか。例えば、「わすれン!」スタッフは、「わすれン!」参加者の活動中に肖像権に関する課題が発生すると、それぞれに対処している(*xiii)。ここでは、震災後の社会の映像化という(ある種、非常にデリケートな)表現行為の支援と、それにともなう実際的なリスクの回避が同時に行なわれている。この対応の丁寧さと実用性こそ、キュレーションそして表現行為をするうえで欠かせないものであろう。

 以上、私の視点からディスカッションをまとめて記した。最後に私の感想を付け加えたい。途中、サンドラ・シコロヴァからアート・インスティテューションはあらゆるマイノリティや権利の問題を知り得るのか、知らないがために扱うことも避けるようになるのではないか、といった趣旨の疑問が提示された。一方で、ブブ・ド・ラ・マドレーヌからは、誰かを傷つけうる表現がアート・インスティテューションで容認される不公正さと、その不公正さに対するアート関係者の不見識や鈍感さへの異議が唱えられた。前者を萎縮や検閲が起きるメカニズム、後者を不公正と暴力の生じるメカニズムと整理できるが、両者の問いはまさに私自身にも突きつけられるものだ。実際、社会には様々な課題、問題があり、それら全てについて正しく理解し判断するには個人として限界がある。そのため、何か不見識ゆえの失敗を招くくらいなら触れない方が無難だろう。それでも、それらを表現として社会に向けて打ち出そうとするのなら、一体何が必要なのだろうか。しかもそれらの課題を、先鋭的で真摯な作品の証左であるかのように扱わないようにするならば。さらに、表現を課題解決のただの道具としないようにするならば。その判断の振り方次第で、私たちは誰かを支援、鼓舞もできるが、その一方で奪い傷つけることもできる。

 この容易に進みがたい事態に挑む方法として、未知の事柄を学び思考することや、先述したキュレーションの技術、その過程の丁寧さがあるとはいえ、私自身、その複雑さや道筋を考えると、途方に暮れるような気持ちにもなる。そこで結論めいた事を書く代わりにここで私個人のアクアでの事件に対する感想を述べたい。なぜなら、私はアクアでの事件を知った時、大きなショックを受けたためである。そのショックの背景には、アクアは行き慣れた施設であり当事者達を見知っていることもある。しかしそれ以上に、アクアの学芸員、展覧会のキュレーターの行動が決して他人事とは思えなかったという理由がある。キュレーターがアーティストの考えを尊重するがために、結果的に事前の調整が十分行えずにいるケースは決して少なくはない。また、街中での撮影に顕著なように、意図せず誰かの権利を侵してしまう可能性もある。こうした状況を私自身も知っているため、アクアの件に対して私は自分にも責任があるかのように感じたのである。

 この時の私の感覚は、もしかするとサンドラ・シコロヴァがあげた「責任の分有」と関わるものかもしれない。「責任の分有」とは、アート・インスティテューションの運営を説明する時に彼女が口にした概念である。施設の規模が大きくなればなるほど、複雑な利害関係が発生しキュレーターは自由な表現行為を選択しづらくなる。そこで彼女は、表現行為にともなう責任を、キュレーター、アーティストだけではなく鑑賞者、施設のスタッフとも分有するという考え方を提示した。不特定多数との責任の分有は実務上も理論上も、多くの問題をはらんでいるが、それでも、表現行為がリスクをともなう場合、この考え方は何らかのヒントにはならないだろうか。

 責任の所在を明らかにするのは基本的には良い試みである。しかし、それが結果的に表現の場を互いの検閲と萎縮へと促す恐れもあるだろう。もしくはその反動で、無鉄砲で攻撃的な活動ばかりに活路を見いだす者もいるかもしれない。表現に関わる者は、この狭間を通らなければならないわけであるが、私はこの厳しい状況と真っ向から戦うのではなく、この状況を緩やかにならす術を身につけたいと思う。

2016.05.16

 

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