芸術判例集 美術表現に関わる国内裁判例25選
Art Precedents

E その他の美術の著作権に関する事件

【事例10】 「樹林」事件

(東京地裁平成2年4月27日判決)

【原告】三宅康文(書体デザイナー)

【被告】千葉大学工学部工業意匠学科の大学生(行為時)、掲載した出版社および学年担任の教官

【事案概要】
原告は「樹林」という、木を部首に持つ文字を使ったレリーフを制作していたが、被告の大学生が、卒業制作のうちの一部に、木を部首にもつ文字50文字を使用し、木を素材とした作品を作成しました。また、被告出版社はそれを雑誌に掲載しました。原告はこれらの行為を、先行して制作された「樹林」の模倣であるとして、学生と指導教員と出版社を訴えました。

【結論】
裁判所は、大学生と掲載した出版社の著作権侵害を認めました。理由として、大学生が自分の作品の制作の前に「樹林」の写真を見ていたことが事実認定されたため、それに依拠して作られたものであると言えたためです。一方で、学年担任の教官については、被告大学生の製作指導に関与していたわけではなく、過失があったとは言えないとして、不法行為はなかったとしました。他方、出版社は専門図書を扱っていたということから過失が認定され、著作権侵害があったとされました。

【意義】
著作物性が認められにくい書体の著作物であっても、また例え大学の卒業制作であっても、原作品に依拠して制作した作品は、その後専門誌に掲載されるなどすれば、訴えられるリスク・裁判で敗訴するリスクが高いということを示した事例といえます。ただ、学年担任の責任は否定されましたし、原告の損害賠償請求額は1000万円、さらに出版社に謝罪広告までも要求しましたが、裁判で認められたのはわずか10万円の損害賠償のみでした。よって、この事例から、例えば美術系大学等での卒業制作において、工業デザインのような産業的分野の学科はともかくとして、ファインアート系の分野においても権利侵害を常に回避しなければならないほどのリスクがあるとまでは言えません。一方で、美術系の専門図書を扱う出版社はこうした訴訟のリスクを意識する必要はあると言えるでしょう。

 

【事例11】 素描の無断複製事件

(東京地裁平成2年4月27日判決)

【原告】合掌造りの集落などを描いた素描画の作者

【被告】土産物用の暖簾の業者

【事案概要】
合掌造りの集落などを描いた素描画を画集や絵葉書に掲載していたところ、無断で土産物用の暖簾の下絵として模倣されていたため、原告が訴えた事件です。

【結論】
原告勝訴。裁判所は複製権侵害を肯定しました。合掌造りの複数軒の山の民家の画像について、それぞれの建物の見える角度、建物の位置関係や大きさのバランス、建物の細部までも共通するなど酷似していたため、一部の画風の違いなどはあったものの、依拠性が肯定されました。

【関連裁判例】
館林市庁舎壁画事件(東京地方裁判所八王子支部昭和62年9月18日判決):原告の陶芸作家は、日野市についてのイメージを数種のタイルの組合せとタイルに焼きこんだ地名の配列で表現した日野市庁舎の壁画を製作。その後、館林市庁舎で館林市の地名を焼きこんだ壁画が設置されたものが次作の模倣であるとして、館林市と施工業者を著作権侵害として訴えて勝訴した事件です。
ただし、こちら判決については学説上批判が多くあります。なぜなら、地名を焼きこんだタイルを用いて壁画を作るという点以外に類似点が多かったとはいい辛く、表現と言うよりもアイデアの類似であると考えられるためです。今後、仮に同様の事案があった場合には異なる判断が下される可能性も小さくありません。

【意義】
画風が違う場合でも様々なポイントが類似している場合は依拠性が肯定され、著作権侵害が成立する可能性があるといえます。

 

【事例12】 舞台美術事件

(第一審:東京地裁平成11年3月211判決、控訴審:東京高裁平成12年9月19日判決、上告審:最高裁判所平成14年9月24日決定)

【原告】金恵敬(韓国籍の造形芸術家)

【被告】戸村孝子(画家・舞台美術家)

【事案概要】
平成7年11月に、原告が、演出家の鈴木忠志が率いる劇団SCOTの『赤穂浪士』の舞台美術に自分の作品が盗用されたとして記者会見を開いたことに端を発する事件です。その後、戸村側も名誉毀損で金を訴え、戸村作品と舞台装置の制作行為が金の著作権を侵害するか否かが争点になりました。

【結論】
原告敗訴。被告の著作権侵害は認定されませんでした。第一審の東京地裁では、金の作品を戸村が見たことがあったとはいえないと認定した上で、類似の度合いについても独自に創作することが不可能であるとは言えないとし、著作権侵害を否定した上で、金の記者会見による戸村に対する名誉毀損の損害賠償を認めました。控訴審の東京高裁ではさらに類似性判断を厳しく認定しています。

【意義】
美術品同士の著作権侵害が最高裁判所まで争われた珍しい事件です。著作権侵害の成立は類似性と依拠性の二つの側面から判断されますが、依拠性についての判断において、裁判所は原告が長年工芸的な造形芸術の世界で活動し、横浜美術館での個展、韓国文化院ギャラリーにおける展示、いくつかの出版物に小さな写真が掲載されていたといった実績が認定されたものの、それだけでは被告が原告の作品の詳細に接したとは認められなかった点も、上記の9,10事件と比較して興味深い点です。

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