芸術判例集 美術表現に関わる国内裁判例25選
Art Precedents

F 美術以外の芸術の著作権侵害に関する事件

【事例13】 パズル事件

(東京地裁平成20年1月31日判決・確定)

【原告】雅孝司(パズル作家)

【被告】本間正夫(パズル作家)

【事案概要】
原告が平成3年以降同11年までに刊行物で発表した合計13点のパズルについて、パズル作家である原告と被告の間で、著作権の侵害の有無(問題のパズルが著作物に当たるか及び被告が原告の著作物に依拠して複製・翻案したか否か)が争われた事件です。

【結論】
東京地裁は、個々のパズルについて、(1)著作物に当たるか、(2)当たる場合、原告の作品と被告の作品に共通する部分は、原告の作品の表現上の本質的特徴を直接感得することができる部分に当たるか、(3)被告の作品は原告の作品に依拠して作成されたかを検討し、結果、13点中3点のパズルについて著作物性を肯定し、同3点のパズルに類似する被告の作品が原告の作品に依拠し複製ないし翻案したものと判断しました。

【意義】
著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであり、表現に至らないアイディア部分は保護されません。したがって、具体的な表現の基になったアイディアが既存の著作物と同じであっても、複製や翻案といった著作権の侵害には当たりません。このことは、パズルについても同様です。ただし、問題文、図形、イラスト、解説等について作者の個性的な表現を用いている場合、それらが著作物として保護される場合があります。その場合、あくまで基になったアイディアが著作物として保護されるわけではないため、その保護範囲はデッドコピーのような場合に限定されると本判決は判示しています。
一般に、パズルにはクロスワードパズル、漢字パズル、論理パズル等のジャンルが存在し、ジャンルの中で同じアイディアを基に様々なパズルが制作されています。問題となった13点のパズルのうち多くのものにも、類似した着想から制作されたパズルが原告のパズルの作成以前から存在しました。アイディアによっては具体的表現の幅に制限があるため、あるパズルに著作物性を認めることで同じアイディア、ジャンルに属する他のパズルが制作できなくなるおそれがあります。そのため、本判決同様、パズルの著作物性の判断は慎重にされる必要があります。

 

【事例14】 廃墟写真事件

(第一審:東京地裁平成22年12月21日判決 控訴審:知財高裁平成23年5月10日判決)

【原告】丸田祥三(写真家)

【被告】小林伸一郎(写真家)

【事案概要】
原告が,原告の撮影した「廃墟」を被写体とする写真と同一の被写体を,被告が撮影して写真を作成し,それらの写真を掲載した書籍を出版、頒布した行為が,原告の有する写真の著作物の著作権(翻案権,原著作物の著作権者としての複製権,譲渡権)および著作者人格権(氏名表示権)を侵害し,また,被告が「廃墟写真」という写真ジャンルの先駆者である原告の名誉を毀損したとして,被告に対し,(1)著作権法112条1項,2項に基づく各書籍の増製および頒布の差止めならびに一部廃棄,(2)著作権侵害,著作者人格権侵害,名誉毀損および法的保護に値する利益の侵害の不法行為による損害賠償,(3)著作権法115条および民法723条に基づく名誉回復等の措置としての謝罪広告を求めた事案です。

【結論】
原告の請求はいずれも認められず、第一審、控訴審ともに、原告敗訴。裁判所は、翻案といえるためには、当該著作物が既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えたものであることが要求されるとした江差追分事件(最高裁平成13年6月28日判決)の基準が写真の著作物にも基本的にあてはまるとしました。そのうえで、本件写真の被写体が既存の廃墟建造物であって、撮影者が意図的に被写体を配置したり、撮影対象物を自ら付加したりしたものではないから、撮影対象自体には、表現上の本質的な特徴があるとはいえないと判断し、撮影時季、撮影角度、色合い、画角などの表現手法に表現上の本質的な特徴があるかどうかを原告、被告双方の写真の類似点、相違点を比較検討し、翻案権侵害にあたらないと判断しました。
また、原告は、被告が自ら廃墟写真というジャンルをゼロから作り上げたかのような発言をしたことが原告に対する名誉棄損にあたると主張しましたが、裁判所は被告がそのような発言を行ったとはいえないとして、名誉棄損の成立を否定しました。
さらに、原告は、原告が最初に被写体として取り上げた廃墟を、原告の同意等を得ずに被告が撮影することは原告の法的利益を害すると主張しましたが、裁判所は、廃墟を発見ないし発掘するのに多大な時間や労力を要したとしてもそのことから直ちに他者が当該廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体を制限したり、その廃墟写真を作品として発表する際に、最初にその廃墟を被写体として取り上げたのが原告であることを表示するように求めたりすることができるとするのは妥当ではないとして、原告の請求を認めませんでした。

【意義】
翻案とは、原著作物の基本部分などを変更せずに、表現の形式を変えて別個の著作物を作成することをいいます。原審では、被写体としてある特定の廃墟を選ぶこと自体はアイデアであって表現ではないので著作権法では保護されないとしています。そのうえで、翻案にあたるかどうかは、撮影時季、撮影角度、色合い、画角などの表現方法が類似しているかどうかで判断するものとしています。廃墟写真のような風景の写真については、ポーズや配置を容易に変えることができる人物の写真などに比べると、被写体や構図などについての選択の幅が狭いです。このため、被写体の選択などについてまで著作権法の保護におかれるとすると、他者の表現の自由を強く制限しかねないことから、裁判所の判断は結論として妥当であると評価されているようです。

 

【事例15】 クラブキャッツアイ事件

(上告審:最高裁判所昭和63年3月15日判決)

【原告】日本音楽著作権協会(JASRAC)

【被告】カラオケスナック店「キャッツアイ」経営者

【事案概要】
著作権の中の演奏権をめぐる事件です。カラオケスナックでの客の歌唱は、非営利・無償・無報酬のものであり、許諾を得なくても著作権法38条により適法です。一方、店がカラオケテープを流すことについては、日本では昭和45年までの旧著作権法、そして平成12年初に施行された著作権法改正によって著作権法付則14条が廃止されるまで、「適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生は、放送等での利用を除き営利目的であっても原則として演奏権侵害にならない」という趣旨の規定がありました。よって、店のBGMでの音楽CDの利用には許可や楽曲使用料の支払いは不要でした。しかし原告としては被告の店での楽曲使用料を支払わないカラオケ利用を中止させたい。そこで、店のスタッフや客による歌唱行為を店による演奏権侵害であるという解釈を用いて訴えた事件です。

【結論】
原告勝訴。裁判所は、客の歌唱行為も被告カラオケスナック店が主体となった演奏権侵害行為に当たると判断しました。その判断の根拠として、➀客は店と無関係に歌唱しているわけではなく、従業員であるホステスによる客の歌唱の勧誘や、店にあるカラオケテープの範囲内での選曲、カラオケ装置の従業員による操作を通じて、店の管理の下に歌唱していると理解されること ②カラオケスナック店は、客の歌唱を店の営業政策の一環として取り入れ、カラオケスナック店としての雰囲気を醸成し、そうした雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させることを意図していたといえるため、客による歌唱も著作権法上の規律の観点からは店による歌唱と同視しうる、としました。

【意義】
著作権の侵害者を、法律上規定されている直接的な行為者だけではなく、それと同視しうる間接的な行為者にまで拡張するという「間接侵害」についての重要な裁判例であり、裁判所の論理は「カラオケ法理」という名称で知られています。

【関連裁判例】
この後も「カラオケ法理」は、ITを用いたファイル交換サービスや、コンテンツストレージサービスの提供者に関する事件に対して適用され、また、裁判所では規範的観点からより一般論的・総合的に、物理的な侵害行為者以外を侵害主体として認定する論理も採用されています。「2ちゃんねる」の掲示板への著作権侵害の書き込みに対して削除を行わなかったとして運営者が訴えられた「罪に濡れたふたり事件」(第一審:東京地裁平成16年3月11日判決、控訴審:知財高裁平成17年3月3日判決)では、第一審では掲示板運営者の著作権侵害は認められなかったものの、控訴審では掲示板運営者が故意又は過失により著作権侵害に荷担していたと判断されました。

 

【事例16】 バレエ作品振付け著作権事件

(東京地裁平成10年11月20日判決)

【原告】モーリス・ベジャール(振付師)

【被告】バレエ団を招聘し,バレエ公演を主催した会社

【事案概要】
原告が振り付け・創作したバレエ作品「アダージェット」について、被告がキーロフバレエ団を招聘して原告の許可なく上演しました。原告はこれを知り、著作権法22条の上演権と、著作者人格権が侵害されたとして、損害賠償と謝罪広告を求めました。

【結論】
原告一部勝訴。裁判所は、舞踊の著作物の上演の主体は実際に舞踊を演じたダンサーに限られず、当該上演を管理し、当該上演による営業上の利益を収受する者も、舞踊の著作物の上演の主体であり、著作権又は著作者人格権の侵害の主体となり得ると判示しました。

【意義】
振り付けの著作権についての数少ない裁判例であると同時に、ダンスの著作物についての著作権侵害の主体がダンサーだけではなく上演の主催者にも拡張されることを示した裁判例です。なお、判決文を読むと、振り付けの類似性を言葉によって認定することの困難さが垣間見えます。

【関連裁判例】
振り付けの著作権に関する裁判として、「Shall we ダンス?」振り付け事件(東京地裁平成24年2月28日判決)があります。これは映画「Shall we ダンス?」に登場するダンスシーンの振り付けの著作物性が争われた事件です。裁判所は原告の提出した21点の振り付けを検討し、そのうち映画の問題のシーンで再製されていない1点をのぞき、著作権法によって保護される著作物が備えるべき独創性がないため著作物として認められないと判断しました。

 

【事例17】 歌謡ショー事件

(東京地裁平成14年6月28日判決)

【原告】日本音楽著作権協会(JASRAC)

【被告】歌謡ショー等の興行を主催するプロモーター

【事案概要】
歌謡ショーにおいて著作権者に無断で著作物を利用していることが著作権侵害に当たるとして、原告が歌謡ショー等の開催禁止と損害賠償を請求した事件です。

【結論】
原告勝訴。被告は「自分たちは演奏の主体ではなく興行元であるため著作権侵害の行為者とならない」と主張しましたが、裁判所は、演奏会の会場を設定し、入場料金を決め、チケットを販売し、演奏会に関する宣伝を始めとするセールス活動を行い、演奏会当日の会場の運営、管理をするなどの業務は、すべてプロモーターである被告が行なっていたこと、歌手が所属するプロダクションが得る出演料は定額で、演奏会の損益は被告に帰属することから、被告が原告の管理著作物を演奏しようしたものと認めることができるとして請求を認めました。

【意義】
セールス、事業の現場運営、損益の帰属などが認められ、かつ出演料が定額である場合は、実際に著作物である楽曲を歌っている歌手やその所属先ではなく、興行元が著作権侵害の行為者(=演奏主体)として認められるという事例です。美術の裁判例ではありませんが、アートパフォーマンスや展覧会においても同様の要件を満たせば責任を問われる可能性はあります。

【関連裁判例】
社交ダンス事件(名古屋地裁平成15年2月7日判決):JASRACが、社交ダンス教室の運営会社やインストラクターらが無断で音楽著作物を利用しているとして、利用禁止・損害賠償支払い・音楽再生装置の撤去を請求した事件です。名古屋地裁は、ダンス教室の営利性を認定した上で、被告に対して著作物使用料相当額の損害賠償の支払いを命じました。一方で、再生装置の撤去については認めませんでした。

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