芸術判例集 美術表現に関わる国内裁判例25選
Art Precedents

D 他者の著作物の使用サイズに関わる事件

【事例8】 「レオナール・フジタ」展カタログ事件

(東京地裁平成元年10月6日判決)

【原告】藤田君代

【被告】小学館

【事案概要】
著作権法上、観覧者のために解説・紹介用の小冊子を頒布するのには、著作権者の許諾を得る必要がないと規定されています(著作権法47条)。しかし、その「小冊子」の定義がどこまで認められるかはグレーです。被告は、藤田嗣治の絵画の展覧会において、著作権者の許諾無く藤田の絵画を掲載したカタログを販売しました。
同カタログの判型は24センチ角で143ページ。うち89ページに複製物が掲載されました。複製物は、最大のものでページの大きさと同じ程度、最小のもので5.5センチ×8センチですが、複製点数は113点に及んでおり、その多くはページの半分以上のサイズでした(ちなみに、前述の事件3で問題となった書籍の判型はB4版214ページで、図版のサイズは大きいものでページの7割近いサイズでしたが、点数は12点でした)。

【結論】
原告の勝訴。東京地裁は、許諾を得ずに配布できる「小冊子」と言えるためには、書籍の構成において著作物の解説が主体となっているか、または著作物に関する資料的要素が多いことが必要で(引用の二要件説と近い理屈)、かつ、紙質・規格・作品の複製形態等により、観賞用の書籍として市場において取引される価値を有するものとみられるような書籍であってはならない、とした上で、本件書籍は実質的にみて観賞用として市場で取引されている画集と異ならないため、「小冊子」にはあたらないとしました。

【意義】
展覧会場を離れても鑑賞できるような画質・紙質・態様の小冊子は、著作権法47条により無断で制作できる「小冊子」に当たらず、無断で作成すれば著作権者の複製権を侵害する可能性があるということが示されました。現在美術館の展示室等で配布している鑑賞ガイドのリーフレットが小さめの判型で、また小さい画像を使っている理由の一つに、この裁判例があります。

【関連裁判例】
「ダリ」展小冊子事件(東京地裁平成9年9月5日判決)では、東京地裁は「小冊子」の目的についてより具体的に基準を示しています。それによると、小冊子はあくまで展覧会会場で原作品を実際に鑑賞する観覧者のために著作物の解説又は紹介をする目的でなければならず、よって、複製の質も複製自体の鑑賞を目的とするものではなく、展示された原作品と解説又は紹介との対応関係を視覚的に明らかにする程度のものとすべき、とされています。また「東京都写真美術館事件」(東京地裁平成10年7月24日判決)では、東京都写真美術館を運営する東京都歴史文化財団(当時の名称は東京都芸術振興会)が、展覧会「アメリカン・ドキュメンツ-社会の周縁から」の中で写真を展示するとともにA4変形版の書籍を販売したところ、そのうち同美術館の収蔵品でもある7点の写真の書籍掲載について、撮影した写真家のロバート・ルイス・フランクから無許諾の複製であるとして訴えられた事件では、美術館側は著作権法47条の「小冊子」に当たると反論しましたが認められず、美術館は約60万円の損害賠償(請求額は約250万円)を命じられています。

 

【事例9】 「雪月花」事件

(第一審:東京地裁平成11年10月27日判決 控訴審:東京高裁平成14年2月18日判決)

【原告】書家(途中からはその法定相続人)

【被告】照明器具メーカー

【事案概要】
著作権法上、他者の著作物を写真のメインの被写体(あるいは絵画の描写対象)とすれば、複製権または翻案権の侵害となる可能性は高いことはご存知かと思います。では、メインでない、前景や背景として他者の著作物が映り込んでいる光景を撮影または描写した場合は、どうなるでしょうか。
この事件では、照明器具メーカーが、住宅会社のモデルハウスを借りて自社製品の照明器具を撮影し、カタログに掲載したところ、そのモデルハウスにもともと配置されていた掛け軸に書かれた「雪月花」の書が写真に映り込んでおり、書の作者である書家が照明器具メーカーを著作権侵害(複製権又は翻案権侵害)および著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)侵害であるとして訴えた事件です。

【結論】
一審、控訴審とも原告敗訴。裁判所は「このカタログの写真では、卓、掛け軸、生け花等の配された和室が被写体とされており、天井には被告の室内照明器具が設置され、後方の床の間に掛けられた掛け軸として本件各作品が写されている。写真の印刷は美麗で、本件各作品部分を含め、ピントのぼけもなく比較的鮮明に写されている。」と認定した上で、「書」が著作物として認められる=創作的表現としての美的特性が一般人から感得できることが必要であるとし、カタログに複製された書のサイズが原物に比して極めて小さかったために、当該カタログに当該書の創作的表現が再生されているとはいえないとして、著作権侵害はなかったとしました。

【意義】
この裁判でポイントとなったのは、被告が原告の著作物を第三者に鑑賞させる態様で積極的に利用しているわけではなく、たまたま被告の著作物の背景に原告著作物が付随的に取り込まれているにすぎないという点でした。ただし、もともと「書」については他の美術的著作物よりも著作物として認められにくいため、この理屈が絵画や写真等、他の二次元の著作物全般に拡張できるかどうかはケースバイケースであるといえます。
なお、平成24年の著作権法改正により、平成25年1月1日から、いわゆる「写り込み」等に係る規定が整備されました。これは、写真等の撮影において他者の著作物の写り込みがあった場合について条文が設けたものですが、「撮影等の対象とする事物から分離することが困難である場合」に侵害行為とならないという規定ではあるものの、この事案と同様の事案があった場合に侵害行為になるかならないかは、結局司法の場に出なければ明らかにならない、とされています。

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