開催情報
【作家】北村侑紀佳
【期間】2026年6月9日(火) ~ 6月14日(日)
【開館時間】12:00-19:00(最終日17:00まで)
【休館日等】月曜日
【料金】無料
詳細:https://www.dohjidai.com/gallery/exhibition/b260609/
会場
会場名:同時代ギャラリー
webサイト:https://www.dohjidai.com/gallery/
アクセス:〒604-8082 京都市中京区三条通御幸町東入弁慶石町56 1928ビル2F
概要
「あなたに会うための方法論」
ここで言う「あなた」とは特定の誰かではない。
いうなれば、絵画がその成立の中で要請し続けてきた、ある仮構の存在である。
絵画の歴史において、画面はしばしば外部へと開かれた「窓」として構想されてきた。
しかし、その距離は埋められず、むしろ維持されることで構造として機能している。
触れられなさは欠如ではなく、「窓」の構造を成立させる条件なのである。
本展は、その距離をどのように扱いうるかという問いから出発している。
執拗な反復によって生成されるのは、何かを指し示す記号というよりも
「あなた」へと向かおうとする運動の名残そのものである。
それらは到達の証ではなく、むしろ到達不可能性の持続として画面に留まる。
そして同時に、それらの運動を空間へと展開する。
そのとき、制作のプロセスに内在していた関係性は配置や距離として外化され、
観客はその只中に置かれることになるだろう。
そこで問われるのは、作品を見るという行為そのものの位置である。
観客が作品に向かうのか、それとも作品が観客を要請するのか。
その往復のなかで生じる関係は、「あなた」という仮構を反復的に呼び出し続ける装置として働く。
本展は、「あなた」に到達するための単一の方法を提示するものではない。
むしろ接近しようとする運動が常に未達のまま持続してしまう、
その構造自体をひとつの方法として扱う試みである。
届かないままに保たれた距離のなかで、「あなた」はなお、触れられないままに在り続けている。
アーティスト詳細
2000年 滋賀県生まれ
2019年 京都芸術高等学校 絵画表現コース 卒業
2022年 公益財団法人クマ財団 クリエイター支援奨学金制度6期生 採択
2023年 成安造形大学 芸術学部 芸術学科 美術領域 洋画コース 卒業
2024年 嵯峨美術大学 大学院 芸術研究科 造形分野 修了
主な活動歴
2020年 個展「おもいが絡まる」(芝田町画廊/大阪府)
2022年 KUMA experiment vol.5 箱の中の交差点(クマ財団ギャラリー/東京都)
2023年 新鋭アーティスト発信プロジェクト A-LAB Artist Gate ’23(A-LAB/兵庫県)
個展「あなたがここにいてほしい」(同時代ギャラリー/京都府)
2024年 Kyoto Art for Tomorrow 2024 一京都府新鋭選抜展一(京都文化博物館/京都府)
彫刻 tomorrow 6大学推薦 若手の饗宴(ギャラリーマロニエ/京都府)
第11回 未来展ー日動画廊 美術大学学生支援プログラムー(日動画廊/東京都)
大月コンテンポラリーアート2024(大月町文化教育交流拠点COSA/高知県)
学園前アートフェスタ2024(淺沼記念館/奈良県)
2025年 Waving Slash /(GALLERY GARAGE/京都府)
国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ2025(旧伴家住宅/滋賀県)
大阪インターナショナルコレクションArtist Award 2025 グランプリ受賞
2026年 アーティスト・イン・レジデンス「衛星都市の点つなぎ」(GAFU -gallery & space-/埼玉県)
私はしばしば、絵画における画家の位置について考える。
ルネサンス以後の絵画では、画家は「窓」を通して外の世界を眺める存在とされてきた。絵画はあたかも壁に開いた窓のように、そこに別の空間が広がっているかのように見せる装置として考えられてきたのである。しかしその空間はどれほど精緻に再現されていたとしても、実際に触れることのできない虚構の世界でもある。そこでは、世界に対して一定の距離を保ちながら対象を把握する視線が前提とされている。私は、この「画家の眼差し=距離の倫理」を、再現や描写としてではなく、行為として引き受け直したいと考えている。
私の作品において、線は何かのイメージを代理するものではない。支持体に対する反復的な操作として引かれ、その時間の堆積として現れてくる。制作は、同じ手続きを繰り返す内閉的で機械的なプロセスによって進められる。それは自分の感情や表現を作品に投影することへの違和感から、作者性のようなものをできるだけ作品から遠ざけようとする試みでもある。
しかしそのような手続きをどれほど徹底しても、身体のリズムや時間の偏りを完全に消すことはできない。むしろ反復が緻密であればあるほど、その差異や揺らぎは痕跡として浮かび上がる。結果として観客の眼にはそれが作家の身体や時間の存在を強く示すものとして現れることがある。
私の制作はこのような逆説を抱えたまま進められている。作者性を遠ざけようとする操作が、結果としてそれを浮かび上がらせてしまうという矛盾である。
近年はこの矛盾そのものを作品の構造として引き受けるために、制作をインスタレーションとして空間に展開する試みを行っている。そこでは、これまで制作の内部に閉じていた反復や距離の構造を空間の中に配置し、観客がその関係の中に置かれる状況をつくることで、見る主体の位置そのものを問い返したいと考えている。