開催情報
【作家】阪本結、下村悠天、橘葉月、西原彩香、峰松沙矢
【会期】2025年1月11日(土)–2025年2月11日(火)
【休館日】1月14日(火)、20日(月)、24日(金)-27日(月)、2月3日(月)
【時間】10:00–18:00
【料金】無料
会場
会場名:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
webサイト:https://gallery.kcua.ac.jp/
アクセス:〒600-8601 京都市下京区下之町57-1 京都市立芸術大学 C棟1F
電話番号:075-585-2010
概要
本展覧会は、美術史家・岡田温司著『半透明の美学』をきっかけとして、現代(とくにコロナ禍を経た今)における絵画の意味を再考しようと構想されたものです。絵画という画像の形式は「媒介性」にこそ本質があるのだとしたら、「鏡」、「痕跡」、「灰色」、「2次元と3次元」、「実在と存在」のあいだ、そして「天使」──さまざまなテーマが「半透明」というキーワードによって貫かれていると言えます。ひいては、視覚というもの自体の「媒介性」が、絵画という「半透明」なイメージのありかたと深く関係しているのかもしれません。
スマートフォンやパソコンの画面を介して遠く離れた人や場所のことを見るように、普段は意識していなくても、私たちは必ず何かを通して見ています。ものを “直接” 見ているということはありません。それは(あるいは比喩として)「窓」や「眼鏡」などを通して見るといったことだけではなく、そもそも私たち自身の「目」を介して見ているからです。ならば、「見る」ということについて改めて考えることは、私たち自身について考えることに他なりません。
絵画を見るとき、問題になるのは私たちの視点です。すなわち、知識や経験など「見かた」に影響を及ぼしているもの──たとえば、自分が生まれ育った時代や地域について顧みることにもなるでしょう。本展のタイトルは、島谷ひとみの楽曲『Perseus-ペルセウス-』から引用しました。平成という時代を象徴するような歌詞であると同時に、まなざしの対象を石化させてしまうというメドゥーサを退治したペルセウスが、視覚という幻想の媒体として称揚する「半透明」なそれは、絵画そのものを象徴しているのかもしれません。
(テキスト:飯盛希/美術批評家)