オープン・ディスカッション「表現と倫理の現在」:記録

注)
(*i)
ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、山田創平、遠藤水城の3名および記録係である河本順子によるHAPS主催の座談会。その内容はHAPSウェブサイト内(http://haps-kyoto-com.check-xserver.jp/haps-press/bye/bubu_yamada_interview/)にあがっている。

(*ⅱ)
両者いわく、ここで注目すべきは、アート・インスティテューション自体の掲げる公共性の拡張および、そこで想定される対象者の拡張であり、公共に対するインスティテューションの使命についてはテートでも長く議論されてきたらしい。例えば、運営費という点からも公共性は問われる。テートは当初、運営費の多くを国からの資金で賄っていたが、現在はスポンサー企業による出資の割合も高いそうだ。このまま国からの資金がなくなった場合、その公共性は担保されるのだろうか。
(*ⅲ)
テート・モダンが、アート・アクティヴィストであるジョン・ジョルダンをファシリテーターに招き2009年に行ったワークショップ。石油会社ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)はテート・モダンのスポンサーであるが、環境問題に対するBPの姿勢に批判的な声がワークショップ参加者からあがり、BPのスポンサー撤退を求める運動を起こした。

(*ⅳ)
なお、私は大塚の話から地域住民は無垢で自然との共生を望む人々という印象を受けたが、後に、それは私の一元的な理解に過ぎず、地域住民の中には経済効果を重視する者もいるかもしれないと、大塚から指摘を受けた。

(*ⅴ)
東日本大震災後、せんだいメディアテークで2011年5月に開設。様々なメディアを用い、震災に関する記録の制作やその発信を広く支援している。

(*ⅵ)
京都市立芸術大学が運営するアート・ギャラリー。後述される丹羽良徳によるイベントの会場でもある。

(*ⅶ)
写真家、大橋仁は、撮影禁止であるタイのセックスワーカー達を無許可で撮影のうえ作品として東京都写真美術館で発表した。彼自身がこの撮影行為を一種の武勇伝のように語っているインタビュー記事から、この経緯が明らかになった。本件については、ディスカッションの第3部でも言及されている。

(*viii)
アート・スペースARTZONEで2015年に開催された展覧会「パレ・ド・キョート/現実のたてる音」では、アーティスト鳥肌実がイベント「パレ・ド・キョート」に出演予定であった。しかしながら、レイシズムに加担する彼の過去の活動を問題視した人々がSNSを中心に批判の声をあげ、最終的に出演はなくなった。なお、ARTZONEは京都造形芸術大学の運営である。

(*ix)
2016年、ギャラリー@KCUAで行われたパヴェウ・アルトハメル+アルトゥル・ジミェフスキ招聘によるアーティスト・ワークショップの成果発表展「House of Day, House of Night(昼の家、夜の家)」にて、出展作家の1人丹羽良徳が《88の提案の実現に向けて》というワークショップ形式の作品を発表。数ある提案のうちの1つ「デリバリーヘルスのサービスを会場に呼ぶ」の実現を検討するために、ワークショップ当日に急遽、元セックスワーカーのげいまきまきを講師として会場に呼ぶ。げいまきまきがその事実をSNS上で明らかにしたため、キュレーターやアーティスト、そして大学やギャラリーに対する様々な議論が起きた。
当日の経緯およびそれに対する意見は『わたしの怒りを盗むな』(http://dontexploitmyanger.tumblr.com/)にまとめられている。

(*x)
なお、丹羽のワークショップに呼ばれたげいまきまきはディスカッションを聴講しており、質疑応答の途中で当日の様子やその後、東京で行われた丹羽とのトークイベント、そして、彼女自身が参加したカウンター行動について語った。

(*xi)
これはすなわち、適切なキュレーションがあれば一定の幅の中で企画も行うことができた可能性を示す。私もそれは同意見である。(もっとも適切なキュレーションの中には、企画実現にあたって困難な点を整理し、それを回避するために企画を一定、変更することも含む)。

(*xii)
HAPSウェブサイト内(http://haps-kyoto-com.check-xserver.jp/haps-press/bye/bubu_yamada_interview/)を参照。

(*xiii)
キュレーションの技術のヒントを文化人類学や「わすれン!」に見いだそうとするこの視座は、登壇者である佐藤よりディスカッション後のメールの中であらためて提示されたものである。ここに記して感謝を述べたい。


(*)
3月25日「表現と倫理の現在」当日、中村は第2部の途中から会場入りした。今回の報告作成にあたり、主催HAPSの音声記録を併せて使用していただいた。


プロフィール

中村史子(なかむらふみこ)
1980年生まれ。2007年より愛知県美術館で学芸員として勤務。 主な企画展に「放課後のはらっぱ 櫃田伸也とその教え子たち」(2009年)、「魔術/美術」(2012年)、「これからの写真」(2014年)。
著作:「キュレーションの現在:アートが「世界」を問い直す (Next Creator Book) 」(共著)(2015年)フィルムアート社。

Sandra Sykorova(サンドラシコロヴァ)
映像人類学者・キュレーター。ロンドン在住。フィルム、写真、パフォーマンス、リサーチ、キュレーションなど多岐に渡る活動を行う。ロンドン大学LSE校にて社会人類学、ゴールドスミス大学修士課程で映像人類学を学んだ後、北京大学で2年間のスタディプログラムを2004年に修了。映像作家、アーティスト、人類学者などで構成されるサウンド・イメージ・カルチャー(SIC, ブリュッセル)のメンバーであり、同会ではドキュメンタリー的手法への反省として、実験的なアプローチによる民族学的主題の探求を行っている。新進の現代美術およびキュラトリアルプラクティスのためのインディペンデントなプロジェクトスペース「Past Vyner Steet」の共同設立者兼ディレクター。2007年より現在まで、テイトモダンのパブリック・プログラムのキュレーターを務める。

大塚亮真(おおつかりょうま)
1992年、北海道函館市生まれ。
10歳頃に映画『愛は霧の彼方に』を見てゴリラの魅せられ、一生ゴリラに関わる仕事がしたいと強く思う。その後ゴリラ研究で有名な京都大学に入学し、現在はゴリラ写真家を目指しながら、ゴリラと人間がどうしたらより良く共存していけるのかを考えている。2015年、ウガンダとルワンダでマウンテンゴリラに会い、その姿を写真と映像に収め、2016年、京都市にて“ゴリラ展。”を開催。今年から京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科に進学し、アフリカでフィールドワークを行う予定。

佐藤知久(さとうともひさ)
1967年生まれ。文化人類学者。京都文教大学准教授。HIVとAIDSをめぐる社会運動を出発点とし、アートによって切り開かれる都市的共同性/公共性にも関心をひろげる。2013年からは、せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」を研究対象とし、震災後の個々人の記録活動、公共施設としてのアーカイブ/プラットフォームのあり方について研究中。宇宙空間での人類および他の知的生命体の日常生活について考察する、宇宙人類学研究会メンバーでもある。主な著作に『フィールドワーク2.0』(風響社、2013年)、『世界の手触り:フィールド哲学入門』(編著、ナカニシヤ出版、2015年)、『宇宙人類学の挑戦:人類の未来を問う』(共著、昭和堂、2014年)など。

伊藤存(いとうぞん)
1971年大阪生まれ。京都在住。刺繍の作品をはじめとして、アニメーション、ドローイング、小立体作品などを制作。2003年にワタリウム美術館で個展「きんじょのはて」を開催。2006年「三つの個展:伊藤存×今村源×須田悦弘」国立国際美術館、2009年「Louisa Bufardeci & Zon Ito」シドニー現代美術館、2010年「プライマリー・フィールドⅡ: 絵画の現在 ─ 七つの〈場〉との対話」神奈川県立近代美術館 葉山、2011年「世界制作の方法」国立国際美術館、2012年「別府のミミック」(KASHIMA 2012 BEPPU ARTIST IN RESIDENCE 滞在制作成果展)など、国内外の展覧会に参加。

ブブ・ド・ラ・マドレーヌ(ぶぶどらまどれーぬ)
1961年大阪市生まれ。アーティスト。時々ドラァグクイーン。パフォーマンス「S/N」(dumb type 1994-96)出演など国内外のアーティストとの共同制作多数。92年よりHIV/エイズの予防とケア、セックスワーカーの性的健康、触法障碍者・高齢者の福祉にも携わる。2008年より「私塾」を友人らと共に開催。2010年に社会学者の山田創平氏らと「水図プロジェクト」を開始。http://www.otafinearts.com/ja/artists/bubu-de-la-madeleine/
最近書いたこと;  http://dontexploitmyanger.tumblr.com http://swashweb.sakura.ne.jp/node/148

遠藤水城(えんどうみずき)
1975年札幌生まれ。キュレーター。
東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)エグゼクティブ・ディレクター。

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