美術表現に関わる近時の国内規制事例10選(1994-2013)
10 recent cases of restricted artistic expression in Japan [1994-2013]

A 「わいせつ」を巡る警察の関与と自主規制

わいせつを巡る規制は、美術よりもむしろ出版や風俗営業の実務が先行している印象が流布しているが、一方で美術においても様々な規制があり、特に彫刻における男女の性器部分の取扱は奇妙ですらある。木下直之『股間若衆―男の裸は芸術か―』(2012年新潮社刊)や、2013年には島根県奥出雲町でのダビデ像設置を巡る住民の困惑についての報道(読売新聞 http://web.archive.org/web/20130205235303/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130205-OYT1T00029.htm (archive.org保存)、AFP通信http://www.afpbb.com/articles/-/2926129  )などもあった。

また、芸術性とわいせつ性が裁判で問われるようになり、最高裁判所において(犯罪を構成する)わいせつ性と芸術性とをトレードオフの関係とも読める解釈を取り、さらにメイプルソープ写真集輸入通関事件判決を経て視覚芸術における露骨な性器の表現の規制が許される余地が増えるのではないかと一部で期待されたが、実務では性器が画面中央に露骨に配置されていれば警察による検挙が続いている。

 

【事例1】東京都が主催するアートイベント内展示物への警察からの通告等 (1996年8月)

1996年8月半ば、「TOKYOシーサイドフェスタ’96」の一環として東京都が主催し東京ビッグサイトで開催された「アトピック・サイト」展において、出品されていたアーティストのシェリー・ローズによる、ピアッシングした性器を露出させた巨大な男性のバルーンの作品『ボバルーン』に深川警察署がわいせつであると警告したため、主催者の判断でオムツが付けられ、それに対するキュレーターの抗議からオムツが外されたところを再び警察から通告を受け、新聞各紙で報じられたケース。

オムツを付けられている間、展示には作家からの「警告により作品にカバーをつけて展示している」旨のメッセージと「事情により一部公開できないが了承頂きたい」との事務局のプレート、さらに「内容に問題はなく、警察の判断に同意しかねる」とのキュレーター会議(柏木博、岡崎乾二郎、四方幸子、建畠晢、高島直之)の声明文が3つ示された。

なお本展についてはこの事件以外にも、会場内での飲食物の展示制限や、沖縄でのプロジェクト等において様々な混乱が報道されていたことを付記する。それらの原因の一つに、責任の不明確さと、大手広告代理店の関与が指摘されている。出版された文字資料の中では、美術手帖1996年11月号Vol.48 No.733の特集「都市とアートの真相」が詳しい。また本件に関してはインターネット上で抗議や疑問を呈したいくつかのグループが作成したウェブサイトが存在する。

http://web.archive.org/web/20020815011638/http://www.jca.apc.org/~toshi/mes.html ((archive.org保存))

http://www.araiart.jp/ap.html

http://www.mitene.or.jp/~takaya/opinion/atopic.html

関係者もまだ多く第一線で活躍しているので、より詳細な事実を直接聞くこともできると思われる。


【参照】

artscape 現代美術用語集

http://artscape.jp/dictionary/modern/1198229_1637.html

DOME Vol.31 (1997/4/1日本文教出版刊)

「特集2 東京ビッグサイトで、何が起こったのか?「アトピック・サイト」展における「検閲」問題」福住治夫

 

【事例2】横浜市の美術館での企画グループ展の出展作の直前展示中止(2004年7月)

2004年7月17日(土)~9月20日に横浜美術館(横浜市が設立し、管理委託者の横浜市芸術文化振興財団(当時=現・横浜市芸術文化振興財団)が運営)で開催された写真展『ノンセクト・ラジカル 現代の写真III』において展示される予定であった、美術家・映像作家の高嶺格の映像作品『木村さん』が、展覧会開始直前に展示が取りやめとなり、作品の展示が予定されていたスペースに美術館館長名での「お知らせ」が掲出されたケース。

作品の展示予定の場所には「高嶺格氏の作品「木村さん」については、本展にふさわしい作品として公開の努力をしてまいりましたが、現在の日本では、上映が法に触れる恐れがあると判断しましたので中止いたします。来館者並びに関係者には大変ご迷惑をおかけしました。横浜美術館長雪山行二」との貼り紙が貼られた。

『木村さん』は、高嶺格が長年にわたり介護に携わった、森永ヒ素ミルク事件によって一級障害となった障害者の男性を介護しながら撮影したドキュメンタリー映像であった。既に東京のギャラリーで発表済みの完成作品であったが、この作品には、性的な介護の模様も含まれていたため、当初から上映対象に自主規制を加える予定であり、その上での上映を館長も承認していた。しかし、この作品について、自治体から出向していた管理職員が上映に不安を感じ、市内の障害者支援団体に赴きヒアリングしたところ、上映がわいせつ罪に当たる可能性を指摘され、さらに警察署に相談に行って警察官に内容を口頭で説明した結果、「わいせつにあたる可能性がある」との回答を受けた。これらを踏まえて、担当学芸員の意図に反し、館長判断で「公立館での展示として相応しくない」として展示をとりやめることになったという。


【参照】

横浜美術館 高嶺格「とおくてよくみえない」展図録(2011)

小崎哲哉「Out of Tokyo 093 横浜美術館の失態Ⅰ」『Real Tokyo』

http://www.Realtokyo.co.jp/docs/ja/column/outoftokyo/bn/ozaki_093/

小崎哲哉「Out of Tokyo 094横浜美術館の失態Ⅱ」『Real Tokyo』

http://www.realtokyo.co.jp/docs/ja/column/outoftokyo/bn/ozaki_094/

【関連事例】

大英博物館「春画」展覧会国内巡回先難航(2013.5~)

http://www.huffingtonpost.jp/2013/10/04/shunga-art-britishmuseum_n_4041308.html )

松文館事件(2002~2007)

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/9018/shoubun-index.html )

コミックメガストア事件(2013.4~12)

http://d.hatena.ne.jp/mxixtxbx/20131221

ジェフ・クーンツが元妻のチチョリーナと制作した「MADE IN HEAVEN」シリーズは、国内展示が難しいとされる作品の一例である。ドイツでの展覧会の様子の映像(日本語字幕つき)

https://www.youtube.com/watch?v=Xo_OaAIq8UU

 

【事例3】私立ギャラリーで限定販売した写真集につき作者写真家・ギャラリー経営者ら逮捕(2013年2月)

2013年2月4日、警視庁保安課が、写真家のレスリー・キーと、ギャラリー経営者とスタッフの計3人を逮捕した事件。容疑は、わいせつ図画頒布罪で、男性器が写ったわいせつな写真集を、2月2日から始まった写真展の初日にギャラリー内で2名に販売したとされた。警視庁はさらに、写真集を印刷・製本した印刷会社の経営者ら5名を逮捕。その後全員処分保留で釈放されたが、最初に逮捕された3名は東京地検に略式起訴された。写真家は、処分への強い不満を表明しつつ、「裁判に費やす時間を、多くの作品を生み出し、一人でも多くの人々に愛と希望、夢と感動を与えることに人生を費やして行きたい」として、正式裁判に持ち込まず裁判所の判断に従うと表明した。


【参照】
Web-DiCE記事
http://www.webdice.jp/dice/detail/3795/
http://www.webdice.jp/topics/detail/3824/

【関連事例】

メイプルソープ写真集輸入没収事件

http://haps-kyoto-com.check-xserver.jp/haps-press/art_precedents/arts_and_law/20/

篠山紀信ヌード写真屋外撮影への家宅捜索・送検・略式命令(2009.11~2010.5)

毎日新聞2010.5.20「篠山紀信氏:略式起訴…礼拝所不敬など 墓地でヌード撮影」、

朝日新聞2010.5.21「篠山紀信氏を略式起訴 墓地でヌード撮影 東京地検」

藤原新也氏2010.5.23ブログ「木村伊兵衛賞大団円顛末」(2010.5.20付け篠山紀信氏コメント全文を引用)
http://web.archive.org/web/20100723141306/http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php?page=15 (archive.org保存)

阿佐ヶ谷ロフトA男性器試食事件

http://haps-kyoto-com.check-xserver.jp/haps-press/art_precedents/arts_and_law/23/

「女性器レリーフ」展への警察からのプレッシャー(2012.11) 警視庁が、イギリス人美術家ジェイミー・マッカートニーの「女性器アート」を掲載した週刊誌2誌を警告し、作家が不満を表明した事例

http://www.news-postseven.com/archives/20130212_170407.html

国内巡回展の企画も進んでおり、関係者は「展覧会への事前の警告に等しい」と指摘した。

民俗祭礼内全裸儀式わいせつ罪警告声明(2008.2):岩手県奥州市の黒石寺の祭礼「蘇民祭」内の一部で男性が全裸になる儀式に対して、管轄の秋田県警水沢署より公然わいせつ罪となる旨、口頭での警告が出された事件。

http://web.archive.org/web/20080215133916/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080209-00000007-mai-soci

(archive.org保存)

児童ポルノ疑い写真掲載雑誌回収・警告・写真集発売自粛(2013.1):AKB48メンバーの発売予定の写真集に収録された写真を漫画週刊誌「ヤングマガジン」がグラビアに掲載したところ、児童ポルノに該当するのではないかと読者から指摘され、当該漫画週刊誌が店頭から回収され、写真集も発売中止となったケース。

奥村徹弁護士の見解 http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20130121

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