レポート 八坂百恵
HAPSではアーティストに仕事を依頼したい方とアーティストをマッチングする「芸術家×仕事コーディネート事業」が行われています。この事業の一環として、2021年12月に京都市南区にあるコワーキングスペース Collabo Earth E9(THEATRE E9 KYOTO 併設)にて「KYOTO ART TABLE 残す、つなげる、作り出す」が開催されました。
▲はじめに THEATRE E9 KYOTO支配人の蔭山陽太さんより「ここはアートとビジネスが同居していて日常的に交流があり、芸術と社会がどのように共生できるかが普段から考えられている場所です」とご挨拶がありました
イベントは「京都という場所で文化を引き継ぎ、新しく開いていくプレイヤーを紹介し、アーティストと企業のこれからの協働の可能性を考えること」を目的としており、前半では、京都を代表する和菓子屋のひとつである鍵善良房15代目当主今西善也さんと、京都芸術センターアーツ・アドバイザーの山本麻友美さんによる「残す、つなげる、作り出す」ことについての対談がありました。
第一部 企業×アーティストで文化を「作り出す」
(左)山本麻友美、(右)今西善也
(山本)先日、今西さんが祇園にオープンされた ZENBI-鍵善良房-KAGIZEN ART MUSEUMさんに伺いましたが、とても素敵な美術館でした。ご苦労もされたそうですが、美術館の設立にいたるきっかけはどのようなものだったのですか?
(今西)美術館というにはおこがましい本当に小さな建物ですが、3つあります。1つ目は、鍵善には京都の木工作家であり人間国宝にまでなられた黒田辰秋さんの作品があり、黒田辰秋さんを記念する場所を作りたかったということがあります。2つ目は、先代の父がやっていた若い芸術家の方をサポートするレンタルギャラリーを手直しして黒田辰秋さんの記念館を作る構想があったんですが、色々と話をしているうちに、周りにスペースも空いたのでちょっと大きく作り直しましょう、ということになりまして。3つ目は、大叔父にあたる12代の今西善造と黒田辰秋さんが同年代で親しかったのですが、2人が発展させた花街の社交場文化で文人墨客が高度な遊び場を形成していた、町の雰囲気を残したいなと。
(山本)なるほど。黒田辰秋さんと大叔父さまは、どのように関係性を作られておられたのでしょうか?
(今西)あの時代は民藝運動のはしりで黒田辰秋さんもそこに加わった1人なのですが、大叔父は新しいもの好きだったので、多分意気投合したんだと思います。大叔父から作品を発注するなどして一緒に楽しんでいたといいます。大叔父は戦前に30代後半で亡くなってしまっているのでその構想はわからないんですけれども、店の内装すべてを黒田辰秋さんにお願いする予定だったようです。
(山本)そうなんですね。企業と芸術家が刺激し合いながら文化を作り出す、とても理想的な関係だと思います。
(今西)京都では江戸末期から明治くらいにかけて日本画家たちが食べられない時に、お菓子の掛け紙や包装紙の図案、染色の図案を描いてもらったりしていて、そういう下地がずっとあります。今後もそういうのがあると面白いと思います。ちなみにうちは、黒田辰秋さんに作ってもらった螺鈿(らでん)のお弁当箱にくずきりを入れて、朱塗りの岡持を作ってお茶屋さんに配達して、当時それが評判になったんです。
(山本)そうだったんですね。ちなみに今西さんの芸術家の方との関係で、お聞かせいただけるお話はありますか?
(今西)もう10年ぐらい経ちますが、日本画家の山口晃先生とお食事をご一緒したとき、失礼を承知でうちの紙袋の絵を頼んでみると、描いていただけたことがあります。
(山本)失礼と仰いましたが、アーティストにとってはそんなことはなく、頼んでもらえると嬉しいんじゃないかと思います。
(今西)菓子屋として、ただ美味しいお菓子や綺麗なお菓子を作るだけではなく、皆さんに色んなことを楽しんでもらいたい。皆さんと一緒に楽しめる環境づくりを、少しずつでもやっていけたらと思います。
(山本)皆さんと一緒に楽しめる環境づくりということですが、鍵善良房さんは色々な企業とコラボレーションされたり、特別な場面でのお菓子を提案されたりしていますよね。
(今西)もともとお誂えの世界なので、ショーケースの中に置いてあるものだけが商売ではなくて、お客さんから頼まれたものを自分たちのアイデアとお客さんのアイデアを合わせながら作ります。自分たちでは思い付かないアイデアを持って来られるのはなかなか面白いです。
(山本)お誂えというのはなかなかハードルが高いと思っていたんですけれど、結構そういうのはお願いしたら聞いてもらえるものでしょうか?
(今西)そうですね。全然聞いてもらったらいいと思います。
(山本)そこにないものを頼むという時に、壁や遠慮がありそうですが、実際には、お誂えの文化のようにアーティストから企業にお願いすることもできるし、企業の方もアーティストにもっと色んなことを頼んでもらえるといいんじゃないかなと思います。
鍵善良房 冬のお菓子「かぶら」
(山本)それでは、皆さん楽しみにされていたと思いますが、今日のお菓子について伺ってもいいですか?
(今西)銘は「かぶら」で、白いかぶらを模しています。薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)という、山芋を擦りおろしたものにお米を混ぜて作った生地で、中にはこしあんが入っています。お菓子をみて季節を感じていただいて、皆さんと会話が弾んだり自分の中にイメージが広がるのが和菓子の楽しさです。
(山本)ありがとうございます。今西さんと直接お話されたい参加者もいらっしゃるかと思いますので、お菓子をいただきながら少しそういう時間を頂戴して、後半に繋げたいと思います。参加いただいた企業の方にとっても、アーティストにとっても有意義な時間になったのではないかと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
(今西)ありがとうございました。
▲美味しいお菓子に雰囲気も和みます。会場では、登壇者と参加者の交流も見られました。
登壇者プロフィール
今西善也(いまにし ぜんや)
京都祇園にある菓子屋鍵善良房の長男として生まれ育ち、同志社大学を卒業後、東京銀座にある菓子屋にて修業。その後、家業を継ぐために家に戻り、2008年に父の意向で社長交代し、江戸享保年間より続く和菓子屋の15代目当主となる。連綿と続く京都の菓子の伝統を守りながらも、常に時代にあった菓子作りを心がける。2012年には祇園町南側に和菓子とコーヒーを楽しめる空間としてZENCAFEを、2021年には小さな美術館ZENBIをオープンさせた。1972年生。
山本麻友美(やまもと まゆみ)
フリーランス・キュレーター、アートコーディネーター。2021年度は「KYOTO STEAM−世界文化交流祭−」アート・ディレクター、京都市文化芸術総合相談窓口(KACCO)統括ディレクターを務める。2021年、京都芸術センターアーツ・アドバイザーに就任。これまでの主な企画やキュレーションに「東アジア文化都市2017京都 アジア回廊現代美術展」(二条城・京都芸術センター、2017)、「光冠茶会」(オンライン茶会、2021)など。研究者と実務家などで構成される「新しい文化政策プロジェクト」メンバー。
第二部:アーティストによるプレゼンテーション
後半には、京都を拠点に芸術の新しい表現形式を開拓しているアーティスト5名による、自身の作品や活動についてのプレゼンテーションがありました。
小松千倫
京都市立芸術大学大学院博士課程に在籍しています。メインの活動は作曲で、今は京都駅前の音楽噴水の演出プログラムを担当しています。
(小松)一番最近の作品は、ATAMI ART GRANTという、閉館が決定したホテルニューアカオでのレジデンスプログラムで制作したインスタレーションです。内側からピカピカ光る巨大なドリームキャッチャーをレストランホールの外側に吊るして、音楽イベントを夜に実施し、その時の音の反響をもう一度収録して、備え付けのスピーカーから流しました。場の記憶を、知覚・体験可能な状態でどう立ち上げるかという問題意識のもと制作しました。
小松千倫(こまつ かずみち)
1992年高知県南国市生まれ。京都市在住。音楽家、美術家、DJ。情報環境下における身体の痕跡と記録、伝承について、光や音といった媒体を用いて制作・研究している。主なパフォーマンスに「SonarSound Tokyo 2013」(STUDIO COAST、東京、2013)、「ZEN 55」 (SALA VOL、バルセロナ、2018)、「Untitled」 (Silencio、パリ、2018)、PUGMENT 「Purple Plant」(東京都現代美術館、東京、2019)など。
谷澤紗和子
(谷澤)新自由主義への反発をもとに、切り紙のインスタレーション作品を制作してきました。新自由主義は空想する時間や人がぼんやりと何かを自由に考える力を奪うという定義のもと、妄想力を拡張するためのトリガーとして作品を展開しています。小説家の藤野可織さんと一緒に制作を行うことがあり、藤野さんとは継続して今後も作品を作っていきたいと思っています。妄想のための入れ物ということで、名前のない人形も制作しています。
(谷澤)妊娠出産が転機となり、女性や性的マイノリティへの差別、男性中心で綴られてきた美術史への反発が、4年ほど前から新たなテーマとして加わりました。弱い立場の人達が放つ声をテーマにしたドローイングは、切り紙の構造をもった描き方になっています。
谷澤紗和子(たにざわ さわこ)
「妄想力の解放」や「女性像」をテーマした作品を制作する美術作家。主な展覧会に「Tatsuno Art Project」(日本美術技術博物館マンガ、クラクフ、2018)、「東アジア文化都市 2017 京都 アジア回廊現代美術展」(二条城、京都、2017)、「高松コンテンポラリーアートアニュアルvol.5見えてる景色/見えない景色」(高松市美術館、香川、2016)、「化け物展」(青森県立美術館、青森、2015)などがある。ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」に、刷音《SURE INN》として参加。令和2年度京都市芸術新人賞受賞。
宮木亜菜
(宮木)大学では彫刻を学び、今は主に、自分の身体を物質として理解しようとする試みでパフォーマンス作品を発表しています。パフォーマンスで扱う素材の選び方はとても重要です。
(宮木)例えば鉄板は近代彫刻からよく使われていて、力強さや鋭さといったイメージがあり、加えて作品に幾何学性をもたらすものとして利用されてきました。そういった素材を女性である私がパフォーマンスで扱うことで、鉄板を男性のメタファーとして用いているという感想を持たれ、衝撃を受けたことがあります。自分が女性の身体を持っていることに気付かされ、これからどう身体と付き合っていくか考えるきっかけになる出来事でした。今は、あらゆる意味を考慮した上で、意味を持たない物質としての身体という認識を楽しもうと考えています。
宮木亜菜(みやき あな)
1993年大阪生まれ、京都在住。2016年Royal Collage of Artパフォーマンス専攻に交換留学、2018年に京都市立芸術大学大学院修士課程美術研究科彫刻専攻を修了。彫刻的な素材を扱ったものや、洗濯・睡眠・ピクニックといった実際の生活の中から見出した動きや空間性をもとにしたパフォーマンスなどを制作、体が持つちからを健康的に展開しようと試みている。主な展覧会に、個展「肉を束ねる」(京都市京セラ美術館、京都、2021)、「ドライブイン展覧会”類比の鏡 / The Analogical Mirrors”」(山中suplex、滋賀、2020)、「京芸 transmit program2020」(ギャラリー@KCUA、京都、2020)などがある。
本山ゆかり
(本山)絵が好きで絵画専攻へ進み、大学と大学院で油絵を中心に勉強していたのですが、絵画や絵という言葉が何を指しているのか、厳密には分からないと思ったんです。絵画のことを思い浮かべた時に出てくる要素が、線、面、点、色彩、マチエール、質感、支持体、描画材、モチーフ。これらを1つでも内包しているものは、絵と呼ぶことができる。現在は、これらの絵画の要素を細かく見ていくという制作方法をとっています。
(本山)こちらは今年春の個展の展示作品です。これはナイフですが、ナイフは人を殺傷するために作られていないのに、そういうものを連想させやすい。これまでは、モチーフにはなんの思い入れもないものや、なんの意味もないものを選んできたので、記号として役割を背負わされているモチーフを描くための仕組みを新たに作りました。
本山ゆかり(もとやま ゆかり)
1992年愛知県生まれ。2017年京都市立芸術大学大学院美術研究科油画専攻修了。絵画をつくる/鑑賞する際に起きる様々な事象を解体し、それぞれの要素を見つめる作業をしている。主な個展に「コインはふたつあるから鳴る」(文化フォーラム春日井、愛知、2021)「称号のはなし」(FINCH ARTS、京都、2020)「その出入り口(穴や崖)」(Yutaka Kikutake Gallery、東京、2019)など。展覧会に「愛知県美術館 2020年度第3期コレクション展 」(愛知県美術館、愛知、2020)、「この現実のむこうに Here and beyond」(国際芸術センター青森、青森、2017)、「裏声で歌へ」(小山市立車屋美術館、栃木、2017)などがある。
山城大督
(山城)僕の専門は映像です。映像の概念をどうやって更新するかをずっと考えています。奈良県立大学で行うCHISOUというプログラムでは香りの頒布会をやります。香水を作って限定21人に配り、1年間新月の時だけ香水を使ってもらうと、5年後10年後に香りを嗅いだ時に2022年にタイムスリップするような感覚にならないかと考えています。僕にとってこれは映像体験の延長のように捉えています。
(山城)オンラインや映像を使ったプロジェクトは継続して行っています。3人組アーティスト・コレクティブ「Nadegata Instant Party」では、アートプロジェクトとして24時間だけ放送するテレビ局を青森県青森市の人たち120人と作ったり、一度も会わずにオンライン上で準備して本番当日に集まるグダグダなダンス公演をしたり、廃墟になった洋裁学校をアートセンターにしたりするプロジェクトをこれまで行ってきました。ここE9では、アーティストの八木良太君と2人で、Sensory Media Laboratoryという、目を中心に進みすぎた美術の変遷を再考する9年間のプロジェクトを2021年から始めました。2022年はテレビショッピング形式にして、人間の感覚を鋭くさせるアイテムをネット販売します。
(山城)やっぱりアーティストは受注側であることが多いのですが、それだけで本当にいいのかなと思っているところがあるんです。2020年にアートマネージャーの野田智子とTwelveという株式会社を作り、そこで文化芸術の企画や、映像制作やや配信事業の仕事を受けるようにしています。作品を作るだけでなく、アーティスト自身が自分の技術を使いながら産業と結びついたり、ビジョンを自分たちから提案しながら色んな人と手を結んで進めて行けたらと思っています。
山城大督(やましろ だいすけ)
美術家・映像作家。映像の時間概念を空間やプロジェクトへ応用し、その場でしか体験できない《時間》を作品として展開する。2006年よりアーティスト・コレクティブ「Nadegata Instant Party」を結成し、全国各地で作品を発表。また、山口情報芸術センター [YCAM] にてエデュケーターとして、オリジナルワークショップの開発・実施や、教育普及プログラムを多数プロデュース。京都芸術大学専任講師。株式会社Twelve 代表取締役。豊中市立文化芸術センター プログラム・ディレクター。第23回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品受賞。
今回のイベントでは、企業とアーティストがともに京都で文化を作ってきた歴史をヒントに、協働して新たなカルチャーシーンを作るための可能性が示されました。京都で活躍するアーティスト、企業それぞれの実践の一端を知ることで、その可能性に明るい未来が見えたようです。今西善也さんの京都に続く文化を守る実践やお客さんと一緒に楽しめる環境づくりからは学びが得られ、表現分野がそれぞれに異なる5名のアーティストの独自の視点には驚きがありました。
これからも、京都で新たな文化が作り出されていくことに期待したいと思います。