ベーシック・インカムと表現: 山森亮インタビュー
Basic Income And Expression : Toru Yamamori Interview

6 原発労働とベーシック・インカム
 
—こういうこともお聞きしたいと思っていたのですが、現在福島で起こっている原発事故のような現象があったときに、廃炉のための作業員であるとか、除染とか、どうしても必要になってきます。そういう健康被害をもたらす可能性があり、進んで人がやりたがらないだろう仕事について、ベーシック・インカムはどう機能すると思いますか。本来はベーシック・インカムにより、そういう仕事がない世の中になるのが一番理想だとは思うのですが、いかがでしょうか。
 
まず、現実から出発したいのですが、僕は今から20年くらい前に大阪の釜ヶ崎という町で労働者の医療相談をやったことがありました。そこで、原発で働いた経験のある労働者の方々と会ったことがあります。原発で働くと放射線管理手帳が発行されます。ところが、同一人物が、何冊も放射線管理手帳を持っていて、いろんな名前で働いているというのです。それは何故かというと、すぐ規定の被ばく線量の上限をいってしまうからです。労働者の方たちも働いていく中で次第に色々な現実を知ります、でもそのときにはもう遅いという…。

ある種の教育の不平等、雇用の不平等、所得保障の不平等があり、そういうものの結果として彼らはお金のため、情報を知らされていないために、原発で働きはじめたわけです今でも複数の名前を放射線管理の面では使い分けさせられて働いている人がいるかどうかは知りませんが、構造としては同じことだと思います。つまり、社会の不平等が一部の人々に健康を害する働き方を強要するということが、福島第一原発でも、現在、再生産されています。

それからまたこれは別の話ですが、障害者関係の運動で招かれてベーシック・インカムの話をすることがあります。知的障害者に対する求人に、原発の事業所内でのクリーニングの仕事などがあります。それは他に仕事がないからですが、それもある種の差別の問題です。
そういう構造を前提として原発に労働者が供給されてきた歴史が、とりわけ日本ではあるのです。

それらを踏まえたうえで、今のご質問を考えますと、所得保障をしてしまうと原発で働く人がいなくなる。差別を無くしてしまうと原発で働く人がいなくなる。教育がすべての人に行き渡ると原発で働く人がいなくなる。そういうご意見だと僕には聞こえて、そんな問いには答えたくない、と。そんな問いそのものを、僕は、認めたくないですね。
 
—なるほど、そうすると、ベーシック・インカムが差別をなくす一部として機能し、結果として教育の不均等や差別が是正された上でも、どうしても必要とする労働が社会にあるとしたら、適正な方法で集められ、適正な報酬が支払われるだろうと、いうことでしょうか。
 
そうですね、原発労働に関して言えばそういうことだろうと思います。社会のためにそれが必要であればその分みんながお金を出してやっていくしかないと思います。そしてそうしたコスト計算をしたときに本当に原発が安いのかどうかという、話も含めてです。
 
—ベーシック・インカムによって将来的に差別がなくなるということでしょうか。
 
僕は、ベーシック・インカムだけでなくなるとは考えていません。たとえば、ある日突然ベーシック・インカムが月10万支払われたとします。それが職場における男女差別や障害者差別に対してどう働くのかは一概には言えないし、また、簡単に楽観できるものではないと思います。

ただ、最終的に差別のない社会に行くとして、その過程でベーシック・インカムがあったほうがいいかないほうがいいか、を想定してみるとよいでしょう。そうすると、結果は歴然としていて、あったほうがいい、と確実に僕は言えると思います。

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