Exhibition Review

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2013.06.05

光島貴之個展「みる/さわるだけではわからない、かもしれない」

光島貴之

MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w

2013年5月14日(火) - 2013年6月1日(土)

レビュアー:安河内宏法


かもしれない、を開く

全盲の美術家、光島貴之の個展『みる/さわるだけではわからない、かもしれない』の主たるテーマは、認識の不完全性である。
同展は例えば、手触りの違う様々なオブジェが貼られた、触れることの出来るカラフルな立体作品を、すなわち、鑑賞者に視覚と触覚を同時に働かせることを求める作品を展示している。
そもそも視覚と触覚は、前提とする距離が異なっている。視覚は主体と対象との間に距離があることを前提とし、触覚は距離が無いことを前提とする。そしてそれゆえに、視覚と触覚は、同じ対象から異なった情報を受け取る。従って、前述の「触れているものを見る」もしくは「見ているものに触る」作品は、視覚と触覚が前提とする距離の相違が顕在化する状況を作り、視覚と触覚はそれぞれ事物の一側面しか捉え得ないという事実を明らかにするのである。
こうした特徴は、他の出品作品にも共通する。壁一面に貼られた、極めて視認性の低いカッティングシートによる点字と墨字の文章や、白い布が貼られているがゆえに、触れても何に触れているか明瞭ではない平面作品は、離れても見ることが出来ず、近づいても触ることが叶わないものとして作られている。つまりこれらの作品においても、視覚や触覚をめぐる距離を操作することで、捉え難さが提示されているのである。
本展がこのようにして鑑賞者に与える認識の不完全性は、視覚的な情報と事物の概念を性急に同定することに対して留保を与える。すなわち、「これはスプーンに見える。ゆえにこれはスプーンである」という判断に対し、「しかし触覚的にもスプーンであるのか」や「触覚的にスプーンでなければ、本当にスプーンなのか」という問いを差し挟むのである。そして、その問いは、ふだんとは異なったように事物を経験することを促す。鑑賞者に「みる/さわるだけではわからない、かもしれない」というためらいを導くことによって、事物の複数的な在り方を経験させるのである。

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