Exhibition Review

2019_xx

2020.02.28

グループ展「ケソン工業団地」| KYOTO EXPERIMENT

イ・ブロク、イム・フンスン、ユ・ス

京都芸術センター

2019年10月5日(土) - 2019年10月27日(日)

レビュアー:植松由希子 (37) 会社員


 

「日本人ですか?」日本にいて初めて聞かれた質問だった。

彼女の問い掛けに戸惑う。真意がわからず、そうです、と簡単に言えられずに言葉に詰まっていると、さらに彼女は問いを重ねる。「どうしてここに来たのですか?」

 経緯を振り返る。訪れた展覧会場で作品を観ていると、居合わせた鑑賞者である女性に「写真を撮ってもらえませんか?」と声をかけられた。快諾した私は、彼女のスマートフォンを受け取って写真を撮った。会場に展示されていた作品はインスタレーションだった。和風の大広間に工業用ミシンが均等に何台も並べられて、工場の一角を再現している。それぞれのミシンの糸立ての長く伸びた棒の先には、赤と青の造花がついている。そして、ミシン台の上には、綺麗な色で細やかな刺繍がされた布が掛けてあり、ミシンについた照明で明るく照らされていた。工業的な空間はデザイン的にもとても整っていながら、どこか温かみを感じるものだった。

 ミシンの前で嬉しそうに彼女は、少し寄りの写真をもう一枚撮って欲しいと言う。言われたもう一枚を撮った後、彼女はとても楽しそうだったので、この作品が好きなのだろうと思い、スマートフォンを返しながら、「かっこいい作品ですよね」と私は言った。すると、返ってきた彼女からの返事が冒頭の2つの問いだった。

 私は答えやすい2つ目の質問から答えた。美術作品を見るのが好きなので、この場所には何度か来たことがある、と伝える。すると、彼女は自分は在日だと言った。今度は私が質問する。「あなたはどうしてここに来たのですか?」この展覧会のことは在日の人たちの間でとても注目されていて、彼女はぜひここに来たかったと言った。

 ケソン工業団地というはかつて南北統合のためのモデルケースとして実験的に実在した工場だった。朝鮮を2つに分けた時の、北の安い労働力と南の経済力の両方を合わせて1つの工場を作り上げた。それまで南の人は北にはどんな人がいるのかすら、わからなかったくらいだ。南の人は北の人と実際に一緒に働く機会をこの工業団地で実現した。北は社会主義なので、この工場の配属されるのは、ただ国から指名された普通のおばさんだった。話をしてくれてた彼女は北の出身だと言っていた。韓国には行ったことがない。

 今、朝鮮半島は休戦中だ。このケソン工業団地は、南北が統合するための希望のために存在した。けれど、それは計画は中止されて今は存在しない。

 ミシンに掛けられた白い布にカラフルな刺繍で書かれたハングルの文字を、彼女は読み上げた。「例えばこれは、南と北の力を合わせたら、もっといい工業製品が作ることが出来ると書いてあります」

 彼女と会話をしていたのは、グループ展「ケソン工業団地」で展示されていたイ・ブロク「Robo Cafe -労働者支援グッズカフェ」の作品の中だった。

 彼女が教えてくれた作品の背景は、キャプションやフライヤーに書いてあることもあった。または展示されている別の作品の題材の話でもあった。または、どこにも示されておらず、彼女のより具体的な話でもあった。だけど、何よりも彼女の発する言葉には、声の温度があった。

 彼女が発した問いは、お互いの(鑑賞)経験の重要な一部となる。彼女の驚きは、私に発見をさせる。彼女にとって、日本人の私が美術への関心から展覧会に来ることは、想定外であったのだろう。そしてイ・ブロクのインスタレーション作品は、私にとって社会問題を含みながらも洗練されたデザイン性の感じる空間だったが、彼女にとっては彼女の日常から地続きの身近な、かつて存在していた希望の場所そのものであった。

 私は日本にいて日本人であることを問われる。それにより、自分が日本人であることが、ただの偶然の可能性に過ぎないことに気がつく。彼女が日本にいながら日本人ではないことに等しく、朝鮮半島の南北が平和に統一して欲しいという希望が、人々の日常の中に存在するにも関わらず、南北に分かれている現実が当たり前に存在する。

 美術とは何なのか?問うことは、現在の当たり前の現状が常に疑問視すべき可能性を孕むことを表している。

 

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