Exhibition Review

2019.08.23

ジェン・ボー 「Dao is in Weeds」道在稊稗/道(タオ)は雑草に在り

ジェン・ボー

京都市立芸術大学ギャラリー

2019年6月1日(土) - 2019年7月15日(月)

レビュアー:藤村南帆 (22)


 
崇仁と道を繋ぐために
 
 
本展は、中国の作家ジェン・ボーが京都の崇仁と呼ばれる地域のリサーチを行い、それをもとにした資料や映像作品、インスタレーションなどで構成した展覧会である。京都駅のほど近くに位置する崇仁は、@KCUAを運営する京都市立芸術大学の移転先であり、長らく被差別部落として抑圧を受けてきた地域だ。本展ではとりわけ差別・偏見に重点を置き、崇仁をとりまく現況を地区周辺に自生する植物=雑草も包括する生態系の問題として捉えることで、人間のコミュニティだけでなくそれら全てを含めた平等を目指す場所としての崇仁の可能性を探っている。
作家が「学習室」に見立てた1階では、崇仁地区の古地図や当時地区に設立された旧柳原銀行の資料のほか、京都で採択された日本初の人権宣言「全国水平社創立宣言」の宣言文などが展示されている。また、地域住民らが発行する情報誌、生態学にまつわる文献、当大学と関わりのある作家たちと共に平等というテーマで実施されたプロジェクトの成果物なども並べられていた。
会場を回るあいだ、鑑賞者は、座って読む、文字や絵を描く、または雑草を食べるといったさまざまな行為を要求される。それは被差別部落という歴史を鑑賞者自らが「学習」することを促すための手順であると推察される。しかし、コンクリートブロックと合板で組んだ机を整然と並べた空間は、資料を均一な情報にしてしまい、結果、そうした仕掛けによる経験が断片的なものになっているような印象を受けた。
加えて本展に先駆けて行われたワークショップにおいては、成果物や簡単な実施内容が書かれた紙が置かれるのみに留まり、参加者の動機や話し合いの経緯を知り得ることはできない。その点も展示資料を縦横に結び付けづらくしている要因のように感じられた。
また、崇仁は戦後、京都市が不良住宅を買い取り一時整備を進めたものの、高齢化などで人口が激減し衰退が続いていた地域でもある。しかし2013年に当大学が移転の要望書を提出したことをきっかけに「活用可能用地」として注目が集まり、2018年には、市が文化芸術を中心とした施設を誘致し改めて同地区の整備を進めていく方針を発表した。なお現在は2023年の大学移転までを繋ぐコミュニティとして「崇仁新町」という屋台村が並び、若い人々や旅行者の交流の場になっている。その一方で、一帯は移転に伴う建物の取り壊しや崇仁で暮らす住民の転居が進められている。つまり今回の移転が崇仁に僥倖のみをもたらす訳でもないのが現況だ。しかし展示を見る限りでは、そうした問題への言及は特になされていなかった。本展覧会が平等を主題にしているとはいえ、崇仁が抱える近年の問題についても当然議論されるべきであろう。むしろだからこそ、周縁化した地域からさらに追い出されてしまう存在についても積極的に取り上げる必要があったのではないだろうか。
ただ、「あらゆる種の平等を目指す」という一貫した作家の姿勢は、今回《Pteridophilia》で明確に示されていた。
本展で新作が発表された《Pteridophilia》は2016年の台北でのレジデンスから継続的に制作されているシリーズ作品だ。本映像作品では人間と植物の共生をテーマに「クィア」という概念を通した二者の新たな関係性を模索している。森林の中でシダ植物と交わる男性たちは鬱蒼と生い茂る植物に身をゆだね、まるで愛撫するかのように触れ合い、最終的にはそれらを食べてしまう。その行為の親密さは、食用植物によって食糧難を乗り越えた人類の《Survival Manual》*からもうかがえるような、植物と人類の密接な「営み」の歴史を示唆している。そこに「クィア」という概念を取り入れることで、作家は、人間の多様なセクシャリティを示す言葉を、すべての生命を包み込む概念として昇華することを試みている。本展のタイトルにもある「道(タオ)」は「その本質上、無限のものである」*がゆえに、物事を規定し定義づけようとするあらゆる言葉を退ける。荘子は、そうした道の根幹を「道在稊稗(何処でもある、すべてを余すところなく包むものである)」と言い表しており、その無限性は万物の平等、つまり新しい「クィア」へと繋がっていくのだ。
 崇仁に根強く残る「差別」や「偏見」といったワードは、現在の社会で生きている我々にとっても決して遠い言葉ではない。それは今回《Pteridophilia》を展示した作家が伝えたかったことでもあるだろう。これからの崇仁、そして平等について鑑賞者がさらなる学びを求めたとき、作家の示す新しい「クィア」はその道標となるに違いない。

*中国と台湾で発行された、食用植物をまとめた書籍を作家が描き写した作品。書籍は戦争などによる食糧難に際して発行された。本展でも展示されている。
*荘子,森 三樹三郎 訳,『荘子Ⅰ』, 2001, 中央公論新社,52頁

参考記事
・「崇仁地区に文化芸術施設誘致へ 京都駅東部、京都市が方針」京都新聞 2018/12/19
https://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20181219000197

・「京都で「見過ごされた町」が人気化するワケ 若者や外国人は過去の歴史を気にしない」東洋経済オンライン 2018/9/12
https://toyokeizai.net/articles/-/237141

・「部落差別に抵抗した人々 その歴史が刻まれた京都のまちを行く」京都新聞 2019/4/23
https://news.yahoo.co.jp/feature/1307

Pocket