Exhibition Review

19_2017

2018.03.08

水木塁個展「都市のモザイク」

水木塁

ARTZONE

2018年2月3日(土) - 2018年2月25日(日)

レビュアー:飯盛希 (27)


「Dubbing lesson (~scape) 」と題された3つの「作品」は、いずれもスプレーで塗装しただけの既製品(おそらくLIFETIME社製)のピクニックテーブルだが、これらを立派な美術作品たらしめている所以は、それとしてタイトルを付けるという「名付け Dubbing」の手続きに他ならない。それぞれの題名が示すとおり、赤、緑、黄のピクニックテーブルは「イチゴ」「ピーマン」「キリン」に見立てられているが、言わずもがな、これは色からの恣意的な連想であり、青果物や動物でなくとも好かったはずである。一連の制作は、あくまで「手ほどき lesson」であり、別のものに見立てるという思考形式の範例なのである。というのも、作品に使用されたピクニックテーブルは、スケートボードにおける「セクション」でもあった。スケートボーダーたちが街(ストリート)に存在する手すりや段差といった「アイテム」を障害物(セクション)に見立てるように、水木は、都市という「制度」ないし「系」(システム)において想定されている役割とは別のしかたで対象を捉えなおそうと試みるのである。同じ部屋に展示されていた写真作品《通り雨が彫刻を傘に変える》では、屋外彫刻のかげで雨やどりする人びとが映されており――こう言って好ければ――やはり寓意的な契機が強調されていた。「~scape」の「~」は、経過を表しているようにも、あるいは省略を示しているようにも読めるが、そう考えると「scape」は「Dubbing lesson」の結果ないし目的であり「脱却 (e)scape」を指しているように思われる。ただし、水木はスケートボーダーであるというより芸術家である。彼は「自由」なものの見かたをするスケートボードを寓話化するために、ピクニックテーブルを水平な地面から鉛直の壁面にもち上げて、縦に、あるいは横に掲示して見せたのである。無論、折りたたんで「フラット」にすることもできたはずなのに組み立てたままにしたのは、ピクニックテーブルが――凸の字形そのままに――平面から突出していなければ「無意味」だからである。

 

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