Exhibition Review

2016.03.20

三原聡一郎展 『空白に満ちた世界』

三原聡一郎

京都芸術センター

2016年2月7日(日) - 2016年3月6日(日)

レビュアー:玉田雄一


和室に入ると、畳の上に4つ、ハンドボールくらいの大きさの苔玉がランダムに配置されていた。
壁には何も描かれていない掛け軸が掛けられており、その脇に大きさの違う2つの電球で構成された作品が置物のように展示されている。

掛け軸には、部屋に差し込む太陽光を素材として作られた虹色の模様が刻々と姿を変えながら映し出されている。微かに揺らぎながら少しずつ移動していく光の掛け軸をぼうっと眺めていると、視界の端で何かが動くのが見えた。部屋の中を見渡してみると、畳の上の苔玉がころころと転がっている。

苔玉をじっと観察してみたけれど、どうして動くのか分からない。
数分動かない時もあれば、しばらくころころと転がり続けている時もある。

たまたま作家の三原聡一郎氏がその場におられたので、思い切って聞いてみた。
「これはどういう仕組みで転がっているんですか?」と。
「それは色々、想像してみてください」という答えが返ってきた。

改めて作品を鑑賞していると、だんだん苔玉にも個性があるように見えてきた。同じ場所をぐるぐる転がり続けている子もいれば隅へ隅へと移動していく子もいる。苔のひとつひとつに意思がある訳ではないんだろうけれど、それがたくさん集まって苔玉というひとつの固まりになり、その固まりがあたかも意思があるかのように感じられる振る舞いをしている。鳥の群れがうねうねと形を変えながら空を飛んでいるのを眺めている時のような、群体としての意思というか調和のようなものが感じられる。

この展示は東日本大震災を契機として始められた「空白のプロジェクト」の第3段階、生命とエネルギーのリンクを探るプロセスの一端として開催されている。
それを踏まえてこの展示空間と現在のエネルギーについて考えてみると、どうしても歪みがあるように感じられるのは否めない。資源がどんどん目減りしていき、廃棄物の処理に右往左往するようなエネルギーの利用の仕方は、少なくとも綺麗に循環してはいないだろう。そのことの是非を問いたいのではなく、ただこの空間ではそれとは異なる在り方や視点が提示されているように私には思われた。

作者の意図は分からない。
全く違う意図があるのかもしれない。
けれど唯一の正解があると信じ、その答えを他者に求める時、世界は空白を失ってしまうだろう。

「それは色々、想像してみてください」

空白に満ちた世界をどのように埋めていくのかは、鑑賞者に委ねられている。

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