Exhibition Review

2017.10.19

Part-time Suite個展『私を待って、墜落する飛行船の中で。/Wait for Me in a Crashing Airship』

Part-time Suite

ARTZONE

2017年8月18日(金) - 2017年9月18日(月)

レビュアー:真部優子 (19) 大学生

 作品の冒頭、「あなたは墜落する飛行船の中にいる」と告げられる。目に飛び込んでくるのは、薄汚いトイレや狭い部屋。次の瞬間には、どうやら台車の上に乗せられて運ばれているようだ。VRによってその空間を観ている私は、さらなる情報を得ようと、回転椅子を蹴って辺りを見回そうとする。しかし、映像はそんな私の意思とは無関係に、やや強引に暴力的に展開していく。そのうち、「あなたは爪切り程のサイズにされていて、肉体を持たない視点のみの存在なのだ」という類のことを告げられ、私は空き缶のように投げ捨てられ、ハトの群れについばまれる。私は何度も椅子を蹴る。それでも、事態は少しも良くならない。そうするうちに、私はスマートフォンのカメラに前に固定され、私の周りを青い服を着たよく分からない人が歌い踊り始める。されるがままだ。このあたりで、椅子を蹴りすぎて少し酔ってきた私は、何ともいえない虚無感に襲われ始める。「墜落する飛行船」とは、きっと私たちの生きるこの世界そのものだ。過度に発達した情報社会の中で、私たちは何でも見れる、知れる、と思い込んでいる。しかし、私がどれほど辺りを見回すことができても、見せられる映像以上のものは知覚できないように、私たちが能動的に“見ている”と思い込んでいるものは、受動的に“見せられている”にすぎないのだ。そして、気が付くと私は、小さなドローンのようなものに乗せられ、都市の上空を漂っている。「あなたは無数にいる人々の中のほんの一人にすぎないのだ」という類のことを意味する言葉が延々と繰り返される。確かに、莫大な量の情報を消費し、ただただ盲目的に資本主義に踊らされている人間には、「主体」性を付与することすら困難で、私もそんなものなのかもしれない。そして、ドローンは墜落することもなく、ゆっくりと下降していく。私はこの、無数の人々がうごめく都市に帰されたのだ。しかし、この作品のタイトルを思い出す。私は「私」を待たなければならない。たとえ、墜落しつつあるこの世界では、もはや主体概念など成立しえないのだとしても。

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