Exhibition Review

150612_exhibition_mako

2015.08.11

Mako Mizobuchi Solo Exhibition FROM HIER TO THERE - Koko kara Soko made

溝縁真子

Social Kitchen

2015年6月12日(金) - 2015年6月17日(水)

レビュアー:野口卓海


充分な余裕を持って配された長机状の四つの展示台には、それぞれひとつずつ作品が置かれている。展示空間は抜けが良く、とても静かに張り詰めたような第一印象を受けた。京都精華大学芸術学部版画専攻を卒業後、2011年よりドイツへ留学中の写真家・溝縁真子(b.1984)の個展は、まずその空間全体との出会いがしらからして、鑑賞者へちょっとした緊張を促していたかもしれない。

溝縁の仕事の中心を成すのは本の形式を取ったいわゆる”写真集”である。今回の展示では、四冊の写真集が発表されていた(*1)。各作品は、それぞれに製本の仕様が異なっており、収められた一連のシリーズにふさわしい形でもってまとめられている。それはただ本の形状についての問題だけではなく、そのシリーズが持つ意味合いとも関連するような”ふさわしさ”を有しており、フォルムとコンセプトが互いに干渉しあいながら作品の全体を文字通り形成していた。

特に印象的だった例として、その土地(ズデーデン地方)や他者の持つ記憶と、それを現在形で眺めている彼女自身、そして彼女によって写真へおさめられた風景、という三つの要素をまとめあげた「Gedächtnislandschaft 記憶される風景」(2013)を挙げておこう。この作品は、全てのページが一繋がりとなった蛇腹折で製本されているため、例えばその開き方によって左右の写真が如何様にも移り変わる(あるいは移り変わってしまう)ような形状が採用されていた。つまり、作家・作品が想定している前後関係はふとしたきっかけでごく簡単に脈絡を喪失してしまうが、それでいながら全体的な繋がり・この土地の風景が持つ空気感のような朧げなるものはむしろ強く立ち現れてくる。いくつかの写真で登場する印象的なモチーフ、濃く立ち込める霧もその暗喩となっているのかもしれない。他者への想像・歴史的事実・作家自身の個人的な感性や思考といった本来ならば非常に扱いづらい複雑なコンセプトを、一方的な進行方向を持たない形状にすることで、その複雑な状況そのままに一冊の作品へと見事に封入している。シリーズを絶縁させ、本という形へそれぞれに圧縮し封印するような彼女の制作方法は、壁に依拠する額装された写真作品より遥かに、強い結束強度を連作へ与えるだろう。また、代替や入替を不可能にすることによって、彼女の作品は当然ながら高い再現性も有している。それは写真という技法が絵画への憧憬や嫉妬から自立する為の、最も大切な性質でもあるのだ。

また、鑑賞者が自らの手で開くというその鑑賞方法も、溝縁の作品にとって大きな要素のひとつだろう。まず勿論重要なのは、その行為自体がある種の緊張を鑑賞者へ与えるということ。作品への注意深い接触は、従来型の写真作品では求められないような視覚以外の接近方法を強要する。前後関係への自由なアクセス、あるいは予期しない飛躍、中断と再開は、当然ながら作品が壁面に展示されていたとしても可能な鑑賞方法ではあるが、実際に意識して鑑賞者が行うことは難しい。本という圧縮された媒体であるからこそ、作品は常に文字通り鑑賞者に対し開かれ、また鑑賞者との距離を一気に近づけることにも成功する。彼女の作品は鑑賞者の身体的な介入によって成立し、その相互関係自体を希求しているのだから。写真と被写体の関係もまた、その相似形と言えるだろうか。連続し分断できず、相互に干渉・補完しあうような、関係性・運動性を伴ったヴィジョンとしての写真。彼女の作品は一方的な発声ではなく、むしろ作家のまなざしと鑑賞者のまなざしのやりとり、交換のようでさえある。そして、それは原初から写真が手段として常に保存してきた、確かな効能のひとつに違いない。

溝縁の作品から私はある種の本への憧憬を感じ、またそういった同世代的な動きを思い起こした。「辺集|Collecting Sides(*2)」、「AT PAPER.(*3)」、「THE COPY TRAVELERS(*4)」など、販売方法やコンセプトは勿論異なるものの、作家が主体となって紙媒体を制作・流通させる試みである。それぞれに関わる作家たちは各々が全く違う分野・技法であるにも関わらず、意見を交換し互いに刺激しあい、同じ場所で遊ぶようにして刊行していた。彼らはそのほとんどが同世代といえる若い作家たちだ。”本”という存在への憧憬を共有しながら、断絶を拒絶するように自らが積極的に繋がり合おうとする欲求。ディスプレイに追いやられ社会から遠ざかりつつある”本”に、彼らは現代美術の憂いを投影しているのかもしれない。

*1:「NORADUS むきだしの地層」(2015)、「KOTOHIRA 対象に宿る記憶」(2015)、「Gedächtnislandschaft 記憶される風景」(2013)、「De+Montage 解体と組立」(2012)

*2:厚地朋子 / 飯川雄大 / 樫木知子 / 鬣恒太郎 / 松見拓也 / 宮永亮 / 水木塁 / 村田宗一郎 / 山下耕平 / 山本理恵が制作したアートブック。作品としての意味合いがとても強い本でもある。デザインは芝野健太による。

*3:國政サトシ / Kim Song Gi / 中望 / 鬣恒太郎が編集を行う同時代的な現代美術界隈を取り上げるフリーペーパー。デザインは三重野龍による。

*4:加納俊輔 / 迫鉄平 / 上田良によるユニット”THE COPY TRAVELLERS”名義のアートブック。発行はBLUE ARTが行う。

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