Exhibition Review

2018.08.01

「呼応する記憶」

鈴木 紗也香

同時代ギャラリー

2018年7月3日(火) - 2018年7月8日(日)

レビュアー:伊藤元晴 (27) 批評家、編集(エクリヲ編集部、ロカスト編集部)


 

 鈴木紗也香にしか描けない部屋の深みとはなんだろう。本展でひときわ目を引く大作油彩画「ラベンダーと香りの記憶」は巨大なラベンダーの葉が彩る抽象画だ。しかし石膏像、背を向けた裸婦、イーゼルとキャンバスが示すようにそれは紛れもなくアトリエという具体的な場所を舞台にしている。
 絵画と個室の関係は約百年で急激に深まった。昨年DIC川村記念美術館で開かれた展示「静かに狂う眼差しー現代美術覚書」は、ブラッサイの写真「マティスとモデル」(1939)を取り上げ、作家とモデルの親密な関係、シュルレアリスムのような抽象表現といった20世紀絵画の特徴が個室の産物だと手引きした。
 しかし21世紀、私たちのプライバシーを取り巻く状況は様変わりした。様々に発信した情報通信技術は、プライベート空間だった個室を過剰に接続し、私たちは部屋にいながら、絶えず何かに気を散らされるようになる。今、いかにプライベートな作業を部屋に立ち上げるかというのが画家とアトリエの問題ではないだろうか。
 鈴木の作品は、油彩によって模造されたコラージュという形式でそれを試みる。彼女の絵画の特徴は、そこが具体的な場所でも、一つ一つのモチーフのどれが手前または奥にあるのかの距離が混乱している抽象性にある。それは、一方では部屋という立体空間であり、もう一方ではコラージュが成立する平面でもある。
 そして彼女が立体と平面の両立故の歪みをわざと刻印する。ラベンダーを囲む、着せ替えコラージュの紙のおもちゃのようなふちは、消そうと思えば消せるものだ。しかし鈴木は自身のモチーフ選びが恣意的な作業であることを強調するようにわざわざそれを残す。個室とは今、空想的な内宇宙ではなく、内宇宙と外から来たものとが出会う場だ。内外の間に白いふちというバッファを施す、その関係づくりにこそ発揮される鈴木の作家性を鑑賞者は見逃してはならない。

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