Exhibition Review

2015.07.28

Voice Landscape - Ta ka Ta ka Crickets

及川潤耶

法然院

2015年5月22日(金)

レビュアー:岡上聡良


及川潤耶「Voice Landscape – Ta ka ta ka Crickets」は、展示・対談・コンサートの三部構成によるイベントであった。ここでは「展示・対談編」と「コンサート編」の二つに分けて書くことにする。

<展示・対談編>
展示は、今回のイベントのタイトルにもなっている作品「Voice Landscape – Ta ka ta ka Crickets」で、法然院の中にある方丈庭園を会場にした、音のインスタレーションであった。「Voice Landscape」は、及川が世界各地で展開しているプロジェクトで、「Ta ka ta ka Crickets」はそのうちのひとつとのことだ。これは、及川自身のタカタカと発する声を素材に、鈴虫の鳴き声を電子的に構成したものだそうだ。

会場の庭では、この鈴虫の音がインストールされ、豊かな鈴虫の合唱が広がっていた。スピーカーは見えないように配置され、来場者は座敷に座り、庭の景観を楽しみながら音を鑑賞した。約20分を1タームとし繰り返し再生されたこの合唱は、完璧なほど精巧で音に変化があるため飽きることがなく、鈴虫の音と共に記憶されていた風景を呼び起こした。合間に訪れる静寂は、音は聞こえなくても存在しているものがあることを気づかせた。庭の奥にあるししおどしの音は、それ自体が”音楽”であり、そのまま作品の一部となった。場所に対してのリスペクトと、詩的な空間の広がりを感じた。

対談では、及川の世界観に焦点が当てられた。吉岡洋氏は「自然と人口的なものが、複雑な入れ子状になっている」と評した。対して及川は、幼少の頃から自然はすぐ隣にあり、制圧するようなものではなかったと話した。また、制作において、音を作る過程を「音を彫刻する」と呼んでおり、現象を作りたいと考えていることを話した。インスピレーションに富んだ内容で、続くコンサートへの期待が高まった。


<コンサート編>
東京都現代美術館で2010年に展示された作品「Transformation 」は新しい体感だった。真っ暗な部屋の中、音だけであるにもかかわらず、3D映像を見ているかのような現象を見たのだった。後で知ったのだが、これはそう見える人とそうでない人がいるようだ。しかしその音から得られる現象は、他のどのサウンドアーティストや音楽家のそれとも異質であるため、作品の特徴のひとつとして記載しておく。今回のコンサート「Acoustic Sketch 3 for guitar with Ta ka ta ka Crickets」は、その表現手法に、方丈庭園の場所性と、エレキギター演奏が加わった、さらに新しい展開だった。

新作初演のこのコンサートは、先ほどの鈴虫の音が流れ、そこにエレキギターの音がそっと寄り添うようにして始まった。中盤、ギターがしだいにリードしていき、その本領を発揮するかのような、力強い音が鳴り響いた。最後は、静かにししおどしの音を聴かせ演奏を閉じる、心憎い演出だった。

及川の弾くギターの音は、極めて表現力に富み、今ここに生きているという強いライブ感をもたらした。また、”展示”されていた鈴虫の音とししおどしの環境音が、エレキギターの伴奏になるという、斬新さがあった。加えて、”3D映像を見ているかのような現象”は、環境音とライブ音が加わったおかげで、より強固にそして豊かになった。現象というより、もっと鮮明で生命感のあるもの、いわば「音の有機体」のようなものを見ていた。

電子音響のみの表現から、環境音と呼応し、楽器が加わった今回のコンサート。アーティストが、大胆な発想を実行しその希有な世界観を社会に提示することが、尊いものであることを、改めて教えられた機会となった。あとには静かな熱狂が残っていた。

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