Exhibition Review

03_2018_梅雨前のしごと

2018.07.24

海老優子展 「梅雨前のしごと・小品の庭」

海老優子

ギャラリーモーニング

2018年5月22日(火) - 2018年6月3日(日)

レビュアー:松村佳世 (32) 大学職員


 バスを降りた途端、再び雨が降り出した。バス停からギャラリーまでは徒歩10分もないが、冷たい大量の水の固まりが身体を叩くように攻め立ててくるので、たまらず途中のコンビニで傘を買う。私はこういうことを何度繰り返すのだ、と思う。家にはこういう風にして買ったビニール傘が何本もある。モヤモヤした気持ちになり、せめてもの抵抗としてビニール傘ではなく1000円で売られていた紺地に白のストライプの入った傘を買う。
 SNSのギャラリーの案内では何度も見かけたことがあり、面識はないが勝手に自分と感性の似ている人かもしれないと考えていた。海老優子の作品の実物を見るのは初めてだ。入って右手には大きな、森を描いた絵が飾ってある。日本画にあるような観念的に昇華された風景ではなくて、森に立ち入った人の感覚がそのまま残っているような、生っぽい感じがする。私は割と田舎の方に住んでいるので、通勤で毎日こういう森の横を通る。奥に入ったらこういう感じかもしれない。どんなに晴れていても、深くて薄暗いし、すぐ近くに民家もあるのに、入ったら二度と帰ってこられない気分になるような、そんな森。
 彼女の作品は、茶色のクラフト紙をつないで、アクリル絵の具と、おそらくはクレヨンのような画材で描かれている。その素材のせいか、ものすごく湿度の高そうな絵なのに、近づくと意外と乾いた印象がある。自分が油絵を描くので、私ならもっと植物の線を背景になじませるのにな、いやでもこういうガサガサしたのが残っているのも面白いな、と技術的な意味でも感心する。ギャラリーの人いわく、大きな絵だが制作場所は普通の家で、畳の上にクラフト紙を広げて描いているのだという。自分の手から、床いっぱいを占める森が拡がっていくところを想像する。畳の跡が浮き出たら、そこも森の一部にしてしまうのだそうだ。矩形のキャンバスに描くのとは違った面白みがある。実際、彼女の展示は絵画というよりはインスタレーションに近く、複数の紙をつないで会場中にはりめぐらせたり、1枚の絵がじわじわと外側に拡張されているような展示方法もよくするのだという。
 森の他に印象的なのは、眠りを想起させる枕やベッドといったモチーフだ。森×眠りは、白雪姫や眠れる森の美女、赤ずきんにも登場する、ファンタジーに欠かせないコンビネーションだ。それだけでなく3つの物語にも共通するように、どこか不穏な印象を与える組み合わせでもある。海老優子の作品もそれに漏れず、悪夢の見はじめのような、怖い映画の序章(まだ何も起きていない)のような、そんな印象を持つ。もしかしたら作家本人は至って平和な気持ちで描いているのかもしれないけど。
 オーナーに見送られて外に出ると、一応雨はやんでいた。だけど灰色の雲は厚く低く垂れこめていて、限界まで水を含んでいるのがわかる。そして日は暮れかけていて、周囲の木は黒い緑になっている。「また降りそうですね」とギャラリーの人が言う。「そうですね」と答える。普段ならギャラリー日和とは到底言えない天気だけれど、今回に限っては、これほど彼女の作品を見るのにふさわしい日も無いだろうなと思い、来てよかったな、とほんの少しだけ気持ちを明るくして、その場を後にした。

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