ベーシック・インカムと表現: 山森亮インタビュー
Basic Income And Expression : Toru Yamamori Interview

5 「働かざる者、食うべからず」!?
 
—労働組合の支持が相対的に低いというのはどんな原因が考えられますか?
 
僕もよく労働組合の人に呼ばれて話をしに行きます。最初はウエルカムな感じで話を始めるのですが、だんだんみなさん目が釣りあがってきて、あれれ?となっていくのです。

そこで、こうした社会民主主義者といわれる方たちが共通に抱いている価値観について考えてみます。
一つは賃労働が尊いものだ、という考え方です。
もちろん、賃労働が尊くない、と僕は言っているわけではないのです。賃労働を中心に社会が構成されるべきである。それを疎外するようなあり方、あるいは賃労働以外で人間が食べられるということに対する拒絶感。その寄って立つところはいろいろあると思います。

人間が自然に労働を通じて働きかけること、それによって人間が成長していくという、哲学的な側面や、うちのじいちゃんは朝から晩までずっと働いて死んでいった、それを肯定したいという素朴な考え方もあるでしょう。また、賃労働以外で人間が生活できたら、労働組合の存立基盤が無くなってしまうじゃないかと。率直にそういうことをおっしゃる方もいらっしゃいます。

もう一つは現金給付よりサービス給付のほうがすぐれている、という考え方です。こちらも、サービス給付が劣っている、ということを言いたいわけではありません。貨幣経済の中で生きている限り、両方必要だと思います。しかし、社会民主主義者と言われる人たちは、ほとんど現金給付よりサービス給付、現物給付のほうがいいと考えています。本当にそう思うのだったら、みんな年金をモノかサービスで受け取ってくれと、喉まで出かかります。ご自身は現金でもらいたいが、社会として現金で給付するのは良くない、というお考えの方が大変多いのです。
僕はその二つが大きな理由じゃないかと思っています。
 
—「働かざる者、食うべからず」という考え方が強いということでしょうか。
 
そうですね、とりわけ左派の人の間では強いのではないでしょうか。
 
—ただ反対に、働かなくてもいいということになれば、ベーシック・インカムをもらうということで、社会と関わりを持たなくてもいいということにはならないかな?と危惧しますがいかがでしょうか。とりあえず一人で生きていけばいいやと、そういうことにならないかなと。
 
他人や社会と関わりを持ちたくないという人がベーシックインカムによって増えるという危惧はよくわかります。そういう人が出てくるかというと、いると思います。僕もそうなるかもしれないし。

ドイツでベーシック・インカムに関するこんな小話があって、「もしベーシック・インカムがあればヒトラーは画家のままでいただろう」と。

彼は画家になりたかったのです。ウィーンかどこかの美術学校を受けて、確かユダヤ人の教授に才能がないと門前払いされたそうです。でもベーシック・インカムがあれば、何だ、あの野郎と思いながらも、絵を描き続けていたかもしれないし、才能を開花させたかもしれません。彼なりの夢を無残なかたちで断ち切られる中で負の情念がわいて、あのようになってしまった、というのがこの小話のヒトラー解釈だと思います。

まあ自分でツッコミしておきますと、すべての挫折した画家の卵が、ファシストになるわけではないですよね。夢が断ち切られたことによって湧いてくる情念をばねに、なにか別のことを達成する人もいるわけですが…。

それに、現に労働を通じて社会と関わりを持っている人も、実際そんなに人と仕事で出会わないのではないでしょうか?もちろん、仕事によると思いますけれども。むしろ仕事に多くの時間を拘束されることで、出会いを奪われていますよね。

さっきのヒトラーの小話へのツッコミに戻ると、自分自身を振り返っても、食うためにあくせく働く中で人間関係が広がったとか、何か自分の足しになることがあったと思わないと、何のために生きてきたのかと思います。だから、労働を無条件で肯定したい気持ちはわからないわけではありません。しかし、だからといって、働かないと食えない、食うべからず、という状態を人々に強制するのは別問題ではないでしょうか。

たとえばプロ野球でも、お芝居でも、在日の人たちが比較的多いわけです。それは差別の結果で他の職業への道が奪われてきた、戦後の差別の歴史をある程度反映しているからともいわれています。そういう環境の中で、その人たちは才能が花開いたかもしれない。でもだからといって、差別を正当化していいのかということです。

食い扶持を見つけて稼がないと生きていけない社会の中で、結果として、様々な価値が生まれてきたということは、確かにあると思います。けれど、そのことが、「働かざる者、食うべからず」という考え方をシステムとして正当化する理由にはならへんのと違うかなと、僕自身は考えます。

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