僕は建築のいらない世界をずっと夢見てきた。:岡啓輔インタビュー

 
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蟻鱒鳶ル(2013年2月)

 
ところが、その頃、近所に、自信喪失でガタガタになっている僕に、とても優しくしてくれた女の人がいて、建築家になるために一生結婚しないつもりだったのに、ついふらふらっときて結婚をしてしまいました。それが今の妻の千秋です。
 
盛大に結婚大パーティなんかもやりました。今はもう無くなった麻布十番の温泉を一日借りきって300人くらい来てくれました。
 
結婚しても、気持ちも身体もガタガタなのは変わりませんでした。ある時、妻の千秋と妻のお母さん、僕と僕のお母さんで、一泊の温泉旅行に行ったんですね。僕が、わんわんと夜泣きをしてたらしい。30過ぎの大の男がですよ。倉田先生が死ぬかもってことが怖くて怖くて、先生が死んじゃったら僕もう誰にも何も教われないと思って泣き続けていたらしいんです。ずっと一晩中。酔っ払って泣いているというよりは赤ちゃん言葉で泣いているらしい、起きたらケロッとしている、僕は全然覚えていないんです。
 
そんな状態で結婚生活が続きました。
 
ある日、千秋が突然僕を岩窟ホテルというところに連れていきました。岩窟ホテルというのは埼玉の山の中にあって大正時代の百姓のおっさんが突然、何かにとりつかれたように「僕が理想の建築をつくる。」といって、岩山に穴を掘って建築したものです。掘りまくって、自分の人生だけで終わらなくて、しかも息子は継がないといったらしくって、養子もらってきて養子にやらしたりしてます。岩山を掘って建築をつくるということは、僕が透明な物体を掘って建築をつくる、デザインを消すという着想と近しい気がしました。たとえば建物の中に机を置いてるんですけど、岩から掘りぬいているんです。しかもその上に置いている花瓶も掘りぬいているんです。それで何をおもったのか、岩に扉をつけて建築らしくペンキを塗っているんですよね。デザインですよね。
 
なんだこのおっさん、四角く穴だけあけてればいいのに、人生かけて掘って、最後に、なんか掘るだけじゃ満足できなかったんでしょうね。そういう感じをみて、ああ、いいなと思ったんです。
 
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蟻鱒鳶ル(2013年2月)

 
また、あるとき千秋が「高知に行こう。」と突然言い出して、高知?何しに行くの?って聞いたら「マンション見にいく。」と。今はちょっと有名になりましたけど、そのころはあまり知られていなかった沢田マンションに行ったんです。千秋はよくテレビを見る人で、テレビで沢田マンションを見たらしく、「コレ面白い、見にいこう。」ということになって僕を連れていったんです。
 
沢田マンション、最初は見てもピンとこなかったんですよ。わけがわかんないとおもって、でもあとあとじわじわきて、これはいいなと思うようになります。
別のある日、また行き詰まってた僕に、千秋が「あんた一級建築士でしょ?それに大工をずっとやってたんだから家つくれるでしょう?」って言うんです。本当は全部そこから逃げてて、逃げたくて、結婚という隠れ蓑でひっそりしてたかったのに、また馬鹿だから「ああ、余裕だよ」と僕もつい言っちゃったんです。「やろうやろう、余裕だよ、よし家作ろう。」と。本当は絶望してるのに、身体はガタガタだし、自信も喪失しているし、なのについ、軽くのっちゃったんです。
 
それで本当に土地を買うことになり、家をつくることになりました。(*3)
 

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