Exhibition Review

2013.02.11

生誕100年記念 秋野不矩展

秋野不矩

京都国立近代美術館

2013年4月9日(火) - 2013年5月11日(土)

レビュアー:奥山佳子




チャンパーの花


女性が黄色い花を両手のひらに載せてこちらへ差し出している。白いサリーをまとった肌は濃い褐色で、差し出した手のひらも褐色だ。
彼女の正面に立っている相手へ好意を示したいのか、お礼の気持ちを表したいのか、女性は恥ずかしげであるが、精一杯の勇気を振り絞って花を差し出しているように見える。
この女性は内気な性格で恥ずかしがっているだけなのだろうか?
身分?容姿?なにかは分からないが、引け目を持っているように感じられる。
この絵には「チャンパーの花」という題名がつけられている。
女性が「きれいでしょう」と一所懸命に差し出してくれたのだから、その気持ちを汲んで「チャンパーの花」という題名をつけたのだろうか?いや、作者が本当に描きたかったのは「花」ではない。その奥に描かれている女性その人だ。
花はきれいだ。でも貴女こそとてもきれいで素晴らしい1人の女性、人間ですよ、と。
題名の「花」とはこの女性のことなのだ。

作者、秋野不矩は女性である。
絵や美術全般に関してまったくの門外漢で、恥ずかしいほど物知らずの私は、作者が女性であることしか知らない。
だから想像でしかないのだが、この作者自身も年月を重ねても癒えぬ傷というのか、ずっとそこにあり自分でもどうしようもないものを持っておられたのではないだろうか?
誰しもが持っていると言ってしまえばそれまでなのだが・・・。
誰しもが持っているからこそ、この絵に描いた作者の画家としての、そして人間としての力、心に感服するばかりである。
かくいう私の中にも言葉にしたら「劣等感」とでも言うしかないような、自分で持て余す厄介な深い傷が染みついたように底にある。これからもずっと付き合っていくしかない状態だ。

絵のことは何も分からないのに、この絵の前に立ったら困った。
この作者はなんとやさしくて強いのであろう、白いサリーの女性はなんときれいなのだろうと泣けてきてしょうがなかったからだ。

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