MARISA MASANQUEは怒っている。その怒りは、渦中にいる彼女にとって、静謐な思考で分析され得ない。しかも、怒りの正体が彼女にも分からないのだ。キャンバス全体を縦横無尽に走る線の上に、幾何学的なパターンが現れては途切れ、そこへ先ほどの線が邪魔に入り、するとパターンはまるで邪魔が入っていないかのように振る舞う。彼女のキャンバス上での選択は、常にいらだちを抱えている。
彼女のかわりに、そのいらだちの原因を考えてみた。本展では、作品にキャプションがつけられず、制作年や制作手法もバラバラのまま、小さなスペースにぎゅう詰めになって作品が並んでいる。ある作品では、キャンバス一面に塗られた錆びたような赤色の上から、爽快なブルーが全面に重ねられ、ブルーがかすれた部分から下の赤色が覗く。また会場内にいくつかあるドラゴンがモチーフの作品は全て、どこかの本のページをちぎってきた小さな紙か小さなキャンバスに描かれ、縦置きで展示されており、ドラゴンは画面にあわせて窮屈そうに体を折り畳んで横たわっている。彼女は、閉じ込められていることへ腹を立てているのだ。
ひと通り腹を立てたあとの彼女は、その閉じ込められた世界で自由に振る舞うと、次は手応えがないことへの強烈な不安を覚える。会場の一番奥にある作品には、背景をグレーで塗ったキャンバスに、ぎりぎり画面からはみ出ないよう注意を払いながら、空白を埋めるように細い緑色の線を走らせ、さらにその上に、太く黒い線がワンストロークで描かれている。この黒の線は、描き始めは勢いが良いものの、途中から行き場を失ったように、どこへ向かえばよいのかが分からなくなったかのように不安げに終わる。結果、他の作品に登場する黒く太い線と比べても、キャンバスの中でこぢんまりと纏まってしまっている。
個展は『PROOF』と題されていた。ステートメントから解釈するに、過去から未来へ続く時間軸を解体し、解体されたそれぞれの時間からいま現在の自分自身へ強い期待を寄せることによって、自身の存在を証明する、というものであるようだ。自身への期待が怒りや不安で表現されることに、わたしは共感を寄せた。