ドアがガラス張りなので会場への階段を登っている最中からその異様さに背筋が震えた。壁一面に様々な寸法形のキャンバスがかけられており、パズルのように組み合わされて壁を埋め尽くしている。キャンバス一つに一人ずつ、ファンタジー世界のゴブリンのような者たちが押し込められている。みな皮を剥かれたような赤黒い裸体を晒し毛も髪もない。キャンパスから出ようとするように膨らんでいる者も、逆に閉じこもるように縮こまっている者もいる。どの者もキャンバスの輪郭から外へ出られないことは平等だった。だがその異様な姿よりもまず惹きつけられたのはそれぞれの目だった。赤と黒で描かれた身体に対し、唯一白と青を中心に描かれた目がすべてこちらを見ている。あるものは見開き、あるものはしかめ、またあるものは細めてこちらを見返している。どれも強い異様さと魅力を放ち、こちらをひきつけてくる眼をしていた。
染料画家である作者の今回の展示テーマは「自分と他者、意識と無意識などの間にある境界線」であり、眼は作者にとって「人を表す絶対条件」だというほどに関心のある部位だと言う。そう聞くと、紙の上に絵の具を載せているのではなく布を染めて描いているからこその、鮮やかな色彩を見せつけながら布の表面だけで完結する「完全な平面」である染料絵画の性質は、押し込められた小人たちの生々しさと窮屈さを伝えるにはうってつけのように思った。そして、こちらを見つめ返す無数の眼に「私も同じだ」ということを想起した。どれだけ肉薄しても他人との間には確実に隙間がある。また、ルールや他人の目を気にして自分で自分に制限をかけてしまい、それに反発しながらもそのままでいたくなる矛盾をこの頃特に強く感じる。キャンバスに押し込められた小人はそれ強く印象づけてくれた。
ギャラリーの奥には、絵を染めた布を縫い合わせ筋肉のような形に造形された作品を配置したインスタレーションが行われていた。赤黒い肉塊にを描かれた眼のグロテスクさが強烈だった。だがその肉塊が、キャンバスの人々の後に見る事となる順序で展示されていたことを考えると、それらは我々の中にある細胞や、心の比喩だったのではないかと後日思った。それとともに、平面展示にも造形物にもなり得る布という素材の底知れなさを認知させてくれた作者の今後が楽しみにもなった。