Exhibition Review

2017.02.17

日本の表装―紙と絹の文化を支える

京都大学総合博物館

2017年1月11日(水) - 2017年2月12日(日)

レビュアー:木村晶彦 (37) ライター


 

破損した絵画・書跡や表装の、保存修理技術を紹介する展覧会。伝統を未来に継承する高度な職人芸の数々が、日の目を浴びるまたとない機会。京都ならではの展覧会だ。

絵は紙や絹に描かれるが、そのままでは薄くもろく破れやすい。書跡は紙に書かれるが、何度も何度も読まれるうちに摩耗する。水をかぶり、湿気を含み、虫に喰われることもある。さらに巻物にして巻き取ったり、冊子体にして折って綴じたりするうちに、巻き癖・折り癖がついた箇所から、損傷や腐食が進行する。
こうした事態を防ぐため、日本を含む東アジアでは、補強目的で書画に裏打紙を当て、そこに表装を施して、鑑賞と保管に役立ててきた。裏打紙は本紙(書画本体)に糊で貼り付けるけれども、年を経るごとに紙や絹は劣化する上、糊の接着力も弱まってくる。したがって数十年に一度は、裏打紙の貼り替え作業が必要となる。

貼り替えの際、本紙が無傷なら問題はない。しかし多くの場合、本紙はダメージを受けている。その点を一切考慮せず、乱雑に裏打紙を貼り替えると、新たな傷みを生じてしまう。よって修理は慎重に行わねばならない。限られた予算や時間と睨み合わせて、最適な救済措置を講ずることになるのである。
本紙と表装を分離する際、少しずつ水を与えて裏打紙を取り外す。全体を水で濡らすようなことはしない。本紙に水が染み出して、絵具が落ちたら一大事である。裏打紙はピンセットでつまんで断片に分ける。地道で細かな手作業を経て除去された紙くずは、職人たちの苦闘の跡だ。見た目はボロでも宝の山だ。

絵画を復元する際には、破れた箇所の裏側から、色を付けた補修紙や補修絹を当て、跡が目立たないよう補彩を行う。本紙の地色と同系色にせねばならないし、質感や風合いもなじませる必要がある。絹は電子線を照射して、敢えてくたびれさせておく。補修箇所を浮き出させない心配り。さながら皮膚移植の要領だ。
但し作品によっては、本紙が激しく傷んで絵が消し飛び、絵具が裏打紙に付着しているケースもある。『枯木双鷹図』で透けて見える鷹の頭部がそうなっており、絵は消せないので裏打紙を交換するわけにはいかず、結局別の補強策を模索することになった。こう言っては語弊があるかもしれないが、傷ついた状態を維持するほうが望ましい絵画もあるのだ。
繰り返し読まれる書跡の場合もまた複雑で、傷みやすい冊子体だったものを、修理に際して綴じ紐を解き、修理後は平たく開いて閲覧に供することもある。あるいは巻子体に改めることもある。巻子体は巻芯を太くしたほうが、紙を巻く回数が少なくて済み、巻き癖や破れや割れが生じにくい。

これらの例からわかる通り、絵画も書跡も、修理や補修の最適解を導き出すのは難しい。作品ごとに破損状況は大きく異なり、臨機応変かつ的確な判断を迫られる。この分野の専門家である装潢師(そうこうし)は、難病の治療に当たる医師とも言え、気分屋の赤子をあやす母親にもなぞらえられよう。
なお装潢師には、2003年から資格制度が導入された。意欲さえあれば、誰でも資格取得可能な、やりがいのある専門職だ。女性が活躍する職場であり、登録技術者139名のうち、女性は92名(全体の66%)を占める。特に近年、女性の採用・登用が目立つようになった。文化財の保存修理に携わりたい皆さんは、チャレンジなさってはいかがだろうか。

今回の特別展は、京都文化博物館の総合展示『日本の表装―掛軸の歴史と装い』の姉妹展。そちらの展覧会は、掛軸の芸術性や歴史性がテーマである。本レビューと併読されたい。

Pocket