J.G.バラード『結晶世界』、H.G.ウエルズ『タイムマシン』ーー著名なSF小説に材をとったインスタレーション。アン・リスレゴーの3Dアニメーションには理屈抜きに惹きつける力量があるのだけど「何か妙なことが起こっているらしい」というザワついた予感のせいで長居をした。映像を見てスっと現実世界に戻れる一見「軽い」展示と思えるのに。何が、どこが、奇妙だったのだろう?
暗い「結晶」の部屋。映像が投影された壁だけが眼を射るように輝く。隣の「時間旅行」部屋から音声が漏れ聞こえてくる。タイムトラベラーの顔を見に行く(部屋を移動する)と、キツネ似のキャラクターが舌をべろべろさせてしゃべっている。
今回のアイドルとでもいうべき「キツネ」は、悲しげで寂しげで思わず抱きしめたくなる可哀想な愛らしさ。でもモニタに腕を突っ込むわけにはいかないし。たとえ時間旅行が可能になっても「時間」にまつわる取り返しのつかなさは変わらず、むしろ冷徹さが増す?
背後の空間(どことなく杜撰で投げやりな印象)にトラップめいたオブジェを見つけた。ひょっとして「結晶」世界が、「時間」世界に漏れてきているのかしら? 音漏れみたいに? 気になりはじめると、二つの部屋を行ったり来たりすることになる。
「結晶」部屋の方にも「時間」が仕掛けられている。クールな室内(ホテル?)の映像は七分間の二つのアニメーションを同期させずに並べて投影している。ループのズレがバリエーションを生み、世界を枝分かれさせる。暗い部屋に座り込んで明るい映像に眼をまかせ、時間に身をまかせていたい。キツネのタイムトラベラーの声は響いている。時間を行きつ戻りつするようににつんのめり、つっかかりながら。
隣りあう部屋を書架に並ぶ二冊の本とすれば、二つの世界は別モノなはず。けれどリスレゴーが仕掛けたいくつもの小さなトラップが、両者を浸食させていく。間違い探しめいた鑑賞をしているうちに、パラレルワールドの時空を旅する気がしてくる。
たっぷり時間をかけて「読む」ことが出来る作品。そしてどれだけ時間をかけたって、すべてを目撃することは不可能だと気づく。現実の世界がそうであるように。
出来れば誰かと感想を言いあいたい。「監視員の人がさ」とか「廊下のあれが」とか「キツネがバーン!ってさ」とか「え、それ見てない!」とか。SFファンの会話みたいに盛り上がりそう。静かなスリルを自分一人の胸にしまって現実世界に戻るのも良かったけれど。