• 2014年04月02日

開催情報

【作家】
関口正浩
【期間】2014年3月29日(土)〜4月26日(土)
【料金】無料
http://www.kodamagallery.com/sekiguchi201403/index.html

会場

会場名:児玉画廊|京都
webサイト:http://www.kodamagallery.com/
アクセス:〒601-8025 京都市南区東九条柳下町67-2
電話番号:075-693-4075
開館時間:11:00~19:00
休館日等:日曜日、月曜日、祝日休み

概要

 関口は、皮膜状に乾燥させた油絵具によって画面構成を行う作品を一貫して制作しています。大きなシリコンボードの上に塗り広げた絵具を乾燥させると、一枚の布のような状態で絵具をボードから剥がすことができます。そうして作成した様々な色彩の絵具の膜を重ね合わせたり、ちぎり絵のようにしてみたりと、絵具でありながらも絵筆では表現しえないテクスチャーが得られるのです。この、関口の作品を最も特徴付ける「膜」という手法は、一般的な絵画の見地から言えば特殊であると言わざるをえません。しかし、決して奇を衒うのではなく、関口は既存の絵画の平面性に対する捉え方を改める必要があると考えており、その為の一つの「仮定的な」打開策として「膜」で描く絵画という方法を取っているのです。これには関口なりの理由があります。例えとして、将来人類が宇宙で生活することになった場合、無重量状態にあって上下左右の概念があくまで相対的な関係性になった空間内において、果たして上下左右にこだわる「平面」としての絵画はその存在意義を保持しうるのだろうか、と関口は疑問を抱いているのです。そこで、まずは「絵画」が平面性から離脱できるという可能性を示すことで、その疑問に答えようとしたのです。キャンバスに直接描いたのでは、支持体であるキャンバスからも、壁面からも逃れられません。ならば、イメージを支持体から引き剥がした「膜」のような状態で「絵画」を存在させることができたなら、「絵画」を平面性から切り離すことも可能かもしれない、という一つの演習なのです。
 過去、関口は「平面B」(2010年、児玉画廊,京都)や「仮面」(2012年、児玉画廊|東京)というテーマで展覧会を開催してきましたが、それらも、正統な平面性(=平面A)に対するカウンター的絵画(=平面B)であり、正しい平面に対しての仮の平面(=仮面)という関口の立ち位置を宣言するためのものでした。従って、関口が続けている、絵具の膜を重ね、折り曲げ、破り、襞を作る、といった全ての行為は「膜」の状態にある絵具によって得られる、その特性を利用した絵画表現の在り方を探るものであり、コラージュや切り絵の方法論をなぞりつつも、あくまで「絵画」の、特にオイル・ペインティングの一手法としての確信を得るべくして行っているのです。
 今回、関口はこれまでのように方法論や「膜」という技法に重きを置くのではなく、自身の考える平面性の定義付けを行おうとしています。「遠くの正面」というタイトルにあるように、「正面」という言葉から、関口のイメージする絵画の平面性について考察し、より視覚的に明示することを目的としています。「正面」とは、字義通りに解釈するならば、物の正となる一面のことであり、その物対してある特定の視点を限定するものです。関口の言うここでの「正面」とは、単に物と見る側の二者間に無限に存在する視点の中から選択的に捉えることが出来る「正面」ではなく、距離を挟むことによって「そのようにしか見えない」という特殊な状況下にある二者間の関係性を指しています。「月も、月にある星条旗も、地球から見ている分には同じ正面」と例えて関口は説明していますが、月という球体は地球から見ればただの円であり、その表面にある本来大きな高低差を成すクレーターや突き立てられた星条旗は、ただそののっぺりとした一個の円の中に塗り込められてしまいます。ここに示されるのは、それが切り立った崖を有する巨大なクレーターであること、或は、月面から垂直に屹立した国旗であること、という空間的な事実が、遠くにある我々の目に一つの円として視認された時には、まるで意味を成さないということです。絵画においてイリュージョンとは視覚の誤認に他なりませんが、関口の制作する膜の絵画に見られる襞や重ね合わせによるテクスチャーは、その観点から考えれば一つのイリュージョンを成立させているのです。初見で、特に遠目には誰しもが関口の作品を単純な色面構成の絵画かありがちなコラージュであると誤認してしまうように、よくよく見なければそれが油絵具の膜であるという事実に気づくのは容易ではありません。
 今回の個展では、額装のフレームの中でガラス面とベースパネルの狭間に絵具の膜を押し込めた、新しいシリーズが発表されます。押し挟まれることでガラス面に張り付くようにして得られた色面と、余剰部が内側へ潜り込むようにして形成される深い襞との明快なコントラストが目を奪います。ガラスは、月との関係性で言えば距離にあたり、見る者との間に触れることのできない絶対的な隔たりを生じさせています。触れられないということは、視認することでしか平面であるか否かの判別ができない、ということを意味します。額の中で押し込められるように形成されている画面は、穿った言い方をすれば、本当に膜によって構成されたものなのか、それとも「そのようにしか見えない」ように描いたただの絵なのか、事実を確かめられることを拒否するのです。「そのようにしか見えない」ということは、絵画の歴史において立体感や写実性の研究を通して追求され続けてきましたが、関口の作品は逆に「平面性」という視座においてその系譜に連なり、そしてこれに一つの解を与えるでしょうか。つきましては、本状をご覧の上展覧会をご高覧賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
オープニング: 3月29日(土) 18時より